毒の部屋





峰は威厳をもって商談室に入った。
「えへん」「どうもお待たせしました」
むっ・・・この匂い・・・やはりO商事か。
完全防音を施した商談室に入り、ドアを閉めると、
ゆっくりと先ほど廊下で嗅いだ香水の香りが強くなってきた。
厳密には先ほどの匂いとは少し違う。
峰の入った商談室には3人の女性が待ち構えていたのである。
一人は峰の部下で斉藤薫、一人は先日商談のあった谷玲子、
(3人目は・・・ )

(すこぶる美人だ、)
営業の谷玲子が20代のところ、この女性は30代後半、
黒の絹のような高級スーツをかっちりと身にまとい、身長はモデルのように
スラリとしていて年相応に肉感的なボリュームがある。
艶のある黒い絹の光沢が上品にその熟れた肢体を包んでいる。
まるで黒ヒョウのようなしなやかな女性だ。

顔は少し丸みをおびており、色白で目元が涼しげでかつ、
眉毛は濃く強烈な意志の強さを感じさせる強い女性といった印象だ。
唇は肉感的で真珠のような光沢のワインレッド。
髪型はカラスの濡れ羽のような黒いボブヘア
きれいにカットされている。
(なんて艶やかな髪の毛なんだ、まるで10代の女の子のようだ)

ここまでなら男を跪かせる女王様といったたずまいだが、
その唇はやさしく微笑をたたえているので、全体的に
男をとろかして虜にしてしまう魔性を秘めた聖女のようなオーラを放っている


手はびっくりするほど白くたおやかで、指は触手のように柔らかくどんな獲物も
巻き付いたが最後絶対逃れられないような残酷さと艶めかしさをかもしだしている。
爪はパールの上品なピンク色で卵のような形が美しく、しっとりと艶をはなっていた。
(あの指でしごからたら、どんな男根もひとたまりもないだろう。)
峰は知らず知らずに視線を上から下へなめるように下げていった。


タイトスカートは肌にピッタリと吸い付くようにその豊満な臀部から膝上までを覆い、
黒のじっとりとした光沢を放つストッキングがエナメルの光沢を放つハイヒールと絶妙なハーモニーを奏でている。
(ううう、なんなんだ、この女性は、商談どころではないぞ!)
峰は口の中に唾がじゅっとあふれてくるのだった。




「はじめましてO商事第二商品部部長の須藤カンナともうします。・・・・」
一通りお互いの挨拶を交わした後、
須藤カンナは今回の突然の訪問に手違いがあったことを告げた。
手違いとは、峰の信頼の厚い斉藤薫が勘違いをして、
今回の予定を組んでいなかったことにあった。
やんわりとミスを指摘された斉藤薫ははじめは否定していたものの、
須藤カンナの水も漏らさぬ、説明に耳を
傾けるうちに最後は手違いを認めた。
2対2の商談はこの時点で先方が強気になった。

峰としては思わぬ部下のミスを先方に攻撃され、
気勢をもがれた感じである。
斉藤薫も表情は冷静を装っているものの
先方の次の出方を警戒しているのだろう。

須藤カンナは峰の気勢をくじいたことに
満足そうな微笑をみせると、
部下の谷玲子に持たせたブリーフケースから
書類をとりだし、今回の訪問の目的を切り出した。







そこには数十種類の商品アイテムがリストアップされており、
須藤カンナが主張するには、これらのアイテムは輸入商品であり、
海外のメーカーとは契約によって、国内における販売はO商事が独占販売の権利を取得しているとのことだった。
須藤カンナは峰が新しく取引を開始した某卸問屋を
この契約に基づいて起訴する構えを誇示しているのだ。

(くそっ!こんな手があったとは。
あの問屋に取引開始時によく確認をしておくべきだった。)

O商事が独占する商品はどれも売れ筋商品ばかりで
O商事との取引を再開しなければ、今後の商品調達は難しくなる。
そうなれば、全国に展開している、峰の会社のコンビニは重大な
売り上げ損失になってしまう。

峰に原価値上げの要請をつきかえされた、O商事はその後、
他社の卸先でも断られ続けたのだろう。
そこで O商事は莫大な契約資金を調達して
これらの商品の独占販売権を取得したのだ。
他の卸問屋から買えなくなれば、O商事から買わざるを得なくなる。

その契約資金の回収は当然我が社への卸値、原価に跳ね返ってくる。
それもかなりの数字になるはずだ。

商談がすすむにつれ、峰の予想した通りその内容は明らかになった。
前回、谷玲子と商談したときよりも高い数字を掲示しているのだ。
しかも予想に反したのは峰が取引を中止して別の取引先から購入した
金額をO商事がうけた損害として
こちらで補償して欲しいといってきているのだ!
(こんな傲慢な取引には応じられない。)
峰は憮然として
(なんとかこの苦境を脱しなければ。)
(再度日を改め部長に相談してみるか。)
(いや、日を改める時間はない。)
(先延ばしすればするほど、損失は大きくなる一方だ。)
(しかしこれは重大な決定になる。)
(それにこんな傲慢な奴らのいいなりになどなりたくない。)
(絶対にだ。)
そう心のなかでいいながら、
峰は須藤カンナの口紅がうっすらとついたコーヒーの紙コップを
みていた。



部下の斉藤薫も今回はめずらしく歯切れが悪い。
こんな斉藤薫をみるのははじめてである。
しばらくして商談室内の内線電話をとった斉藤薫が席を離れてしまった。
峰は斉藤かおるに部長にきてもらうよう頼んだ。
斉藤薫はかるく微笑し商談室を出ていった。
( はやく!)
商談室には峰と二人の女性の3人だけになった。
峰はなにかいいようのない不安を感じていた



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