メイド魔性の快楽地獄
 
父はどうも様子が変だ。以前は覇気に満ちていた父が、今はふぬけてしまっている。
邸はメイドと二人きりで、何かあったのではないか・・
まさか、父はこの美しいメイドと・・・
 
浩一は実家の様子が気になり休暇をとって郷里に戻ってきた。
郷里に到着してすぐ、美しいメイドの出迎えをうけた。
浩一はメイドの妖しい挑発にあらがえず、禁断の倒錯的な世界にはまってゆく。
 
 
告白
 
実家に戻ってみると、
父は新しい家政婦を雇っていました。
とても色っぽいお姉さんで、
父はエッチ目的で雇ったんだと思います。
私が郷里を離れ、都会にでてゆき、母が亡くなった後、
父は寂しさから、この女性にハマってしまったようです。
前の家政婦さんは地元の方だったのですが、お年だったので、
新しい方が紹介所から派遣されてきたとのことです。
この新しい家政婦さんと父の間柄は、肉体関係有り、と私は
見抜いてしまいました。
しかも父は家政婦さんのいいなりになっているきらいがあります。
いい年をして家政婦と睦言にのめり込む父を情けなく思いました。
こんなきれいな家政婦さんが、資産家の父と肉体関係を
持つには相応の理由があるに決まっています。
父の財産目当てに。
そう推測したわたしは、ムラムラと怒りの情念にも似た、
欲望の炎がチラチラと燃え始めました。
わたしはこの家政婦を弄んでやろう、と考えていたのです。
このとき、まさか、わたしが逆に、この家政婦の毒牙にかかることになろうとは
思いもしませんでした。
        ・・・・・・・・・・・・・・・・・告白より
 
起 黒い出迎え
 
 電車を乗り継いで到着した駅は、いかにも田舎といった景色で、
夕焼けに染まり、オレンジ色に輝いていた。
 
 それは都会の喧噪とは遠く離れたのどかな風景画のようだった。
 一年を通して過ごしやすい気候風土はずだった。
 今年の暑さを除いては。
 宅地開発のあおりで少し発展の兆しが見えるものの、2年前と同じ木造の駅舎だった。
 浩一は郷里の空気を吸い込んでほっとした。
 学生達は夏休みに入り、浩一も仕事が休みを取れるようになると、彼らに混じってふるさとを目指して都会を離れたのだ。
 
 ここは実家から、歩けば小一時間の距離にある最寄り駅である。
 浩一は駅の改札口を抜け、都会の駅前に見られない殺風景なバス乗り場に向かった。
 バス乗り場には客待ちのタクシーが一台、浩一の行き先とは違うバスが一台止まっていた。
 1時間に一本のバスダイヤには目もくれず、浩一はベンチに腰掛け、迎えの車を待つことにした。
 
 前回実家に顔を出したのは2年前である。
 そのときは父が車を運転して迎えに来てくれた。
 
 ベンチに腰掛け、つと目をやると、バス停の反対車線に黒いピカピカの車が止まっていた。外車だ。この田舎でベンツに乗る人間は父ぐらいである。最近、ここも少し宅地開発が進み新しい住人が増えて来ているようだが、あのベンツは浩一の父である。
 浩一は、おかしい、と、いぶかしんだ。父は自宅で静養中のはずである。浩一の父は、莫大な資産家である。
 裸一貫から一代であちこちに不動産を所有した祖父の跡を継いだのである。浩一の父は、その不動産に関連するビジネスを次々と取り込み、今日の莫大な資産を築き上げた。
 仕事のやり方から、他人に恨まれることも多く、
浩一の家族はこの田舎の豪邸にひっそりと移り住んだ。
 父は事業の表にはなるべく顔を出さず、この田舎で引退を装いながら、影から、事業の運営を指示していた。
 
 父は、なんでも金に結びつけて考える男で、
傲慢で冷酷な男である。奪える物なら何をしてでも奪う、
浩一は、そんな父が大嫌いであった。
 
 父親として彼に暖かく接してくれた思い出もなく、
都会の大学に受かると、浩一は父を避けるように実家をでた。
 そしてそのまま実家には顔を出さずに、就職も都会で見つけ、
実家には帰らなくなった。母は幾度か上京してくれたので、故郷に帰り父に会うことは、まったくなかったのだ。
浩一が最後に父に会ったのは母が亡くなったときである。
母は、浩一が家を出て、都会で故郷を忘れている間に事故でなくなってしまった。浩一にはとてもショックだった。
 それが2年前である。
 母の葬儀に出るために帰郷した浩一を、ここで迎えにきてくれたのはご近所の人でも、親戚でもなく、最愛の妻を亡くし、悲しみに打ちひしがれた父本人だった。
 喪主である父が自分で車を運転して息子を迎えに来たのだ。
 浩一はベンツの運転席にみた父の顔をみて、
 父が愛情表現が不器用な弱い男だと初めて知った。
 己を偽り、必死にお金もうけにあけくれた弱い人間。
 いつも本心をひた隠し、強い男を演じ続けなければならなかった、
父の本当の姿を見た気がした。
 そして父が浩一を愛していること、息子に嫌われて深く傷ついていたことを知り、自分も父を愛していることに気づき、今までの態度を深く後悔した。
 
 そんな父は、母が亡くなってからは以前にもまして、
強気で、血気盛ん、傲慢で悪どく、お金儲けに打ち込んでいたようである。
 最愛の妻を亡くし、歯止めをかけてくれる人間がいなくなったせいもある。失ったものをお金で埋め合わせようと、
半狂乱で仕事にのめり込んでいったようにも見える。
 新聞でも父の会社が叩かれているのをみかけるようになり、
浩一は、父に意見しようと思っていた矢先に、父が体調不良を理由に自宅で静養していると知り、休暇を利用してふるさとに再び足を運んだのである。
 
 今、浩一が見ている黒いベンツに、父の姿はなく、誰も乗っていない。 (父のベンツじゃない? )
 迎えの車も来ない。昨日、電話に出た家政婦が、迎えをだす、と言っていた。自分は到着時間に遅れてもいない。
 
 ゆっくりと確実に夕日が沈んでゆく。あたりはだんだんと、薄暗くなってゆく。実家で何かあったのではないか・・・
携帯電話で自宅に電話をかけることにした。
 
 夕方のバス停はまだ昼間の熱気が冷めやらず、浩一のこめかみは、汗がじっとりとにじんできた。呼び出し音が何度も続く中、駅舎のほうから、一人の女性がでてきた。
 浩一と視線があうと、女性は早歩きでこちらに向かってくる。
 浩一は雄の動物本能で、女性から目を離さずに携帯に
耳をすました。電話の向こうは誰も出ない。女性は雌ヒョウのようなしなやかな足取りでこちらに近づいてくる。全身のラインは女性特有の肉体の弾力性をうかがわせ、雌のフェロモンをぷんぷんと感じさせた。
 浩一が見ている女性はこの田舎ではあか抜けたセンスが
うかがえた。長身で、身長は一七〇センチはありそうだ。
服装は紫のサテンのブラウスに黒いスリムパンツ、長い髪をアップに束ねている。自分と同じ都会からの帰郷者だろうか。ずいぶん身軽であるが・・・ 靴音が近づいてくるにしたがい、自分に向かってきていることを確信した。
女性の表情がよく分かる距離になって初めて女性が人なつっこく微笑んだ。つられて浩一も会釈をしてみるが、誰だろう? 
 
 「浩一さんでらっしゃいますね。はじめまして、わたし、メイドの本上ミサトといいます。旦那様のお世話をさせていただいています」まったく訛りのない標準語で自己紹介をすると、女性は軽く両手を前でそろえ、すっとお辞儀をした。
 この人が!父に電話をかけたとき、はじめに電話をとった女性の声はこの人だったのか。とても落ち着いたハスキーな声だったので、年輩の女性だと浩一は決めつけていた。
 しかし、今、目の前にいる女性は確かに電話の声
そのものであった。年は30代ぐらい、整った端正な顔立ちで全身から、成熟した女性のオーラが発散されていた。
 紫のサテンのブラウスを持ち上げる豊満なバストが
まぶしい。今この女性は自分の身分を「メイド」と言った。 
 確かに家政婦というよりは、メイドがあてはまる女性である。
 
 「大分お待ちになりましたか? わたしは構内でお待ちしていたのですが、すれ違いだったようですね。お写真で拝見していたのですが何分、古い写真だったので、見間違えたようです」
 そういってメイドは、浩一が8年前、大学に進学する頃の写真を見せた。そのころの浩一は体育会系の短髪で目つきの鋭い、ひどく人相の悪い若者であった。社会にでて人並みにもまれるようになってからは多少見栄えを気にするようになり、
髪を伸ばし、きちんと美容師にカットしてもらい、服装も人当たりの良いデザインを身につけている。都会でさまざまな人間と接しているうちに、考え方も変わった。
 目つきも穏やかになり、人相も精悍さを残して女性受けする面立ちになった。
 身長は185センチで骨太で筋肉質な体型に加え、女性受けする面立ち、高学歴で、一流の企業に勤め、お金持ちの息子とくれば、幸せな将来は約束されたも同然である。
 
 「旦那様はとってもご立派なご子息をお持ちです」
メイドはまぶしそうに浩一を見つめ、「旦那様もきっと元気になられることと思います」
「あの、新しいお手伝いさんはあなたお一人でしょうか? 」
 浩一はどもらないように一つせきをして尋ねた。
 
 浩一はメイドの面立ちに日本人にない美しさを発見し見とれた。
 瞳が茶色いのである。肌も白く体格も肉付きが良く、足が長く、骨格もしっかりしていた。額からあごにかけて端正な彫刻のようで絶妙な力強さと美しさのバランスを保っていた。
 薄い唇ではあるが冷たい感じがしないのは、肉感的な弾力でふっくらとしており、ピンクの口紅が暖かい光沢を放っているからだろう。常にうっすらと笑みを浮かべているのは、大人の女性ならではの余裕、といったところだろうか。
 
「はい、わたくし一人です。意外ですか? こうみえても仕事はできるんですよ。ふふふ、自分で言ってしまっては身もふたもありませんね。でも、お屋敷には旦那様と私の二人きりなので、それほど大変なことでもありませんし、旦那様にも褒めていただいたんですよ」
 メイドは人なつっこい笑顔で笑った。
 言いようによっては嫌みに感じられる微妙な言い回しも彼女にかかるとまったく気にならない。確かに仕事は良く出来そうである。
 しかし、そんなメイドの言い回しの後ろ半分は、浩一の頭に入らなかった。(父と二人っきり! こんなきれいなお手伝いさんと父があの邸に二人・・・)
昔は男性の秘書と、年輩のお手伝いさんと専属の庭師を雇っていたはずだが・・・ 浩一は体を壊して、静養中の身ではあるが、父に軽く嫉妬した。
 「では、参りましょうか。お車はあちらにございます。あ、お荷物はわたくしがお持ちします」そういって、メイドは浩一の荷物をさっと両手に提げると、斜め前に立ってベンツの方へと歩き始めた。
 「あ、あの、 」自分で持って歩こうとしたが、メイドは浩一の荷物を軽々と両手に提げ、軽い足取りで、歩き始めた。優秀な召使いのようでもあった。今時、メイドも珍しいが、女性に自分の荷物を運ばせて、その後ろを歩く自分がとてもくすぐったく感じられた。
 
 メイドの後について歩いていると、彼女の甘い香水の匂いがふんわりと感じられる。とても甘く優しい、不思議な香りで、浩一はその香りに引き寄せられるように後に続いた。
 
 カタカナのメイドと呼ぶにふさわしい女性かもしれない。
 が、浩一はメイドといえば、あの黒い服に白いエプロンを想像してしまう。この服装でメイドをしているのかな。
 
 前を歩くメイドの後ろ姿はたまらなくそそるものがあった。
 ゆらゆらとなびく、後ろにバレッタで束ねた長い髪、
肉感的な背中。そして歩くたびにリズムを刻むヒップのふくらみ・・・ 
 サテンのブラウス越しにうっすらと透ける下着のライン。
 半袖から伸びた白く長い腕、長い脚。
 都会でもこんな女性には、めったにお目にかかることはないだろう。「さ、お車はあちらです。あ、ぼっちゃま、車が来ます! 」
「あっ」
 車線を横断する際、走ってきた車に気づかなかった。
 前を横切る車を立ち止まってやり過ごそうとしていたメイドに浩一は後ろからぶつかってしまった。柔らかい肉感的な感触に浩一の体が食い込んだ。
 柔らかい髪の毛が口元にあたり、いい匂いがした。
 そして、メイドの柔らかい肉の感触に浩一はうろたえてしまった。
 「す、すいません。ちょっとぼんやりしていて・・・」
 浩一はメイドの歩く後ろ姿に見とれていたのである。
悟られまいとしたが、顔は赤くなってしまった。
「お父様が心配なんですね。急ぎましょう」メイドは優しく微笑すると、何事でもないように車に向かい、浩一に助手席を勧め、荷物をトランクにしまうと、運転席にすわり車を発進させた。
 
「旦那様は静養中ですし、ほかにお迎えにあがれるのはわたししかおりませんので、旦那様のお許しをいただいたうえで、このお車を使わせていただきました」と、メイドは急に車は道路脇に停車させた。「どうしたんですか? 」訊ねる浩一にメイドはにっこり微笑むとそのまま助手席の浩一に「ちょっと、前、失礼します」
そういってメイドは助手席に座った浩一のに向き直ると、そのまま身をかがめ、唖然とする浩一身をもたせかけ、手をドアに伸ばした。
 恋人同士のように寄り添ってはいるが、メイドの目は冷静そのもので、なにを意図しているのかわからない。そのまま助手席側のドアをロックし直した。この車はオートロックのはずだが、知らないのだろうか。そのまま、シートベルトのストラップを浩一に受け取らせ、「ぼっちゃま、申し訳ありませんが、安全の為にお願いします」
 浩一の目をじっと見つめながらシートベルトの装着を促した。
 そのときはメイドがひどく厳しい先生に見えた。
 浩一はしかられた子供にようにだまって従った。
 近くで見ると、肌がとても細かく磁器のようだった。
 そして、その胸の柔らかい弾力。先ほど浩一の肩に当たった感触はとても長く感じられた。目の前で魚のようにしなやかに背筋をくねらせる様は辛抱しがたいものがあり、挑発されているような気になった。
 
 浩一の妄想の中でメイドは、そのしなやかな肢体を漆黒の挑発的な下着で包み、シートに座る浩一の膝に跨り、抱きつく格好で股間に熱くなった下半身を押しつけ、淫らなグラインドで、浩一の勃起した性器に自分の性器を押しつけてくる。
 メイドの光沢の美しいパンティがツルツルと浩一の股間を擦ってくる。パンティの一点にジワジワと染みが広がる。
 その染みが浩一の股間の熱と、メイドの熱で気化し、車内に雄雌の発情した匂いが充満する。
 「浩一さん・・・」
 髪を乱して浩一に跨るメイドは顔が髪で隠れ、汗で頬にベッタリと貼りついていた。半開きになった、唇だけが艶めかしく、お互いが味わった唾液でねっとりと濡れていた。
 メイドも浩一も極度に興奮し、息づかいだけが密閉された空間に満ちてゆく。「あ、ああ、浩一さん、いい、いいわ! 」
淫らな汗と、匂いとともに・・・
 
 車が最近舗装された新しい道路を、流れるように移動してゆく。
 メイドがハンドルをきりながら、浩一にあれこれ、話題をふってくるが、当人はほとんど上の空で適当な返事を返していた。
 密閉され、エアコンの効いた車内はメイドの甘い香りが立ちこめ、
その魅惑的な香りが、浩一によこしまな妄想を抱かせていたのだ。
 
 浩一の妄想はとめどなく、エスカレートしてゆく。
 メイドは、下半身、裸になって立つ浩一の前に膝をついて、浩一のシンボルを愛撫する。ゆっくりと高価な置物を磨くように丁寧に扱く。メイドが下からせつなそうに、浩一の表情を伺ってくる。
 浩一とメイドはお互い視線をつないだまま、淫らな行為にのめり込んでゆく。メイドはまぶしそうに微笑むと、浩一の堅く勃起したシンボルを扱きながら、ゆっくりと、ピンクの舌先が覗く唇をその先端に近づけてゆく。唾液に濡れた舌は、焦らすように、浩一のシンボルを味わうように、舌先をチョン、チョン、と当ててくる。
 シンボルがそれにこたえるように、ピクピクと反応を返す。
 メイドは浩一の反応に満足すると、そのまま、ゆっくりとシンボルの先から半開きの唇を、まるで帽子を被せるように含んでゆく。
 亀頭の先がなま暖かい唾液に包まれ溶けてゆくような快感にひたりながら、浩一は歓喜に喉を低く振るわせるのであった。
「浩一さん、出して・・・わたしのお口に・・・一杯、出して・・・」
・・・たまらない。
 
 美しい年上の女性から受ける淫らな奉仕は、浩一の憧れでもあった。いつも、女性を喜ばせることに夢中で、女性に積極的に奉仕させることは今までの経験から、考えたこともない行為である。
 浩一は女性に対してはいたってノーマルで、セックスについても、
特に傾倒している嗜好はない。しかし、メイドという、雇い主の世話をする職業の女性を目の前にして、浩一の妄想に新しい一ページが加わった。
 
 このメイドから淫らな奉仕を受けてみたい。いや、奉仕させてみたい。自分の熱く勃起したシャフトを巧みに扱かれて、なめしゃぶられて、その淫らな唇に、熱い秘所に自分の熱い欲望を迸らせてみたい。男を奮い立たせずにはいられない、その肢体を無防備にさらす、この年上の女性は、自分の妄想にどこまで、気づいているのだろうか。結婚をしているのだろうか。恋人がいるのだろうか。どんなセックスをするのだろうか。男性経験は多いのだろうか。
自分を男として見てくれているのだろうか。
 浩一が求めたとき、浩一が淫らな奉仕を要求したとき、
この女性はどこまで、してくれるのだろうか。
 妄想と様々な思惑が、浩一の頭の中を、その表向きは平静を装おうとしている表情の下で、一杯にあふれた・・・
 
 そんな浩一の頭の中とは別に、現実の世界では、今、なめらかに走る車内で、メイドが運転席から隣に座る浩一にあれや、これや、と
都会のことや、地元の話題を振ってくる。
 浩一は変に思われないよう、当たり障りなくあいまいに返事をかえすが、ふと、話しておきたいことが頭に浮かんだ。
 先ほどからメイドの話し方で気になっていたことである。
 「え、と、 」
 ん?
 「え〜〜と? 」顔が熱くなってくる。
なんだっけ? 「はい? 」メイドが顔を少し向けて流し目を浩一に送る。浩一をじっと見つめるメイドの瞳は淡い鳶色だった。
じっと見つめられると、言葉が吸い込まれてゆくように見つからない。メイドが小首をかしげてにっこりと微笑み、視線をハンドルの向こうに戻す。
 「本上です。ふふふふ、本上ミサト」
 前を見たままメイドはクスクスと笑った。あっ、名前を思い出せなかったんだっけ。自己紹介を受けたばかりだというのに、上の空で名前を覚えていなかったのだ。普段の浩一らしからぬ失態である。
浩一は唇を濡らし、不器用に切り出した。
 
 「本上さん、あの、その、ぼっちゃまはやめてくれないかな。
 僕ももう社会人なんだし、ちょっと、それは・・・」
 「前の家政婦さんは浩一さん、と読んでいたし・・・」
 
「あら、申し訳ありません。でも、二人だけの時は呼ばせていただけませんか? 」前を見たまま話すメイドが、ハンドルをわずかに切ると、カーブに沿って車に軽い円心力がかかる。
 メイドの切り返しは意外であった。浩一は理由をはかりかねた。
 「え?ど、どうしてですか? 」
 公には「浩一さん」と呼ぶことにして、メイドは個人的には、
どうあっても浩一を「ぼっちゃま」と呼びたいようであった。
 メイドはハンドルの向こうに視線を投げながら、事務的な口調で説明した。「さん付けでも、親族以外の方から名前で呼ばれるのを好まない方が多いのですが、わたくしも、そのほうがいいと思っております。お互いの立場がはっきりしておりますし・・・」
 どうやら、メイドは自分と立場の距離をきっちりと測っておきたいようだ。「ぼっちゃま」と、その「メイド」。
 呼び名でお互いの関係をはっきりさせておく。そういうことらしい。そういうものなのかな。メイドの言うことも確かに一理あるかも・・・ しかし、子供扱いの「ぼっちゃま」は少し不服だった。
浩一が先ほど抱いていた妄想が萎んでゆくようだった。
 と、メイドは浩一に向きなると、優しく肩に白い手をかけ、
譲歩を促すように、話しかけてくる。
 「わたくし、ぼっちゃまとお呼びするのは浩一さんと二人きりの時だけですから」
 「う〜〜〜〜ん」浩一が返答に臆していると、
 「決まり!ぼっちゃま、ありがとうございます」
 こぼれるような笑みで畳みかけられ、強引に押し切られてしまった。う〜〜ん、まあ、こんな美人のメイドさんなら、なんと呼ばれても良いか。前のお手伝いさんは「浩一さん」と呼んでいたけど、
ぼっちゃまと呼ばれるのも、悪くない。そんな気持ちになってきた。
メイドなのに、車を運転するこの女性は、その立ち振る舞いが秘書に見える。
 
 メイド服にそそられるのはなぜだろう。
 しわになりにくい柔らかい生地。汚れの目立たない黒い色。
 清潔感を主張する白いエプロン。奉仕を意味する髪飾り。
 
 そんな疑問が浩一の整理のつかない頭の中に新たに加わりながら、浩一の目には懐かしい実家見えてきた・・・


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