浩一は寝苦しくて、目をさました。
アイから施されたリングが、熱をだしているようだった。
アイからもらった薬は飲んだ。痛みには効いたようだ。が、この熱は副作用だろうか。
喉の渇きもひどかった。
静かだった。何一つ聞こえない。
夜もやかましかったセミの声が、まったく聞こえなかった。
エアコンも、止まっていた。
今何時だろう。浩一は時計を探した。が、薄暗い部屋の中、どこに時計があるのかわからない。
起きようとして、浩一はその異常に気づいた。
体が金縛りにあったように、動かせなかった。二つの視線を感じた。
暗い部屋の中、ベッドの横に誰か居る。 耳を微妙に圧迫されている感じがした。
キラキラ光る二つの瞳が、浩一の横顔にじっと視線を浴びせかけている。
その瞳の持ち主は、椅子に座っている。
匂い。 匂いがした。
例の甘い香り。ミサトだ。
顔が見えないが、白いのはミサトの白い手、黒いのは、ミサトの黒く薄いメイド服、そして、かすかな息づかい。
衣擦れの音。近づいた。何かが。
額に冷たいものがあたる。
おしぼりだ。
汗を吸い取ってくれている。てんてんと額をやさしく撫でてくれる。
その手つきは懐かしい母親を思い出させ、胸の奥の傷をチクリと疼かせた。
「んんっ」
浩一はおもわず声をあげてしまった。
ピタリと手は動きをやめ、さがってしまった。
吸い飲みの吸い口を口元に運んでやるが、浩一は飲もうとしない。
ミサトは無言のままだ。
匂いは、鼻梁に絡むように嗅覚を愛撫する。
ミサトの手のひらから、いい匂いがふりかけられたようだった。
ミサトの存在そのものが、あの例の匂いなのだ。
浩一は目を閉じたまま、そのかぐわしい匂いにウットリと酔った。
「ぼっちゃま」ミサトは声をかけた。
ミサトの声はやさしく、癒してくれるようだった。
「ぼっちゃま?」クスッと笑った。
ミサトは静かに声をかけた。
ミサトが動くたび、ふわり、と、いい香りが鼻孔をくすぐる。
メイドの長い髪が、パサリと耳に触れた。
スッ、と、かぶさってくる気配とともに、耳元に声がした。
「おきてらっしゃるんでしょう?」浩一のすぐそばだ。
浩一の狸寝入りを見抜いているその声は、どきりと心臓に突き立てられた。