浩一が目覚めたのは、昼も過ぎた頃であった。
部屋の窓が開け放たれ、カーテンはふらふらと揺れていた。
暖かく湿った風が、浩一の傷には悩ましかった。
寝間着もシーツも、新しく換えられたようだ。
昨晩の痴態を思い出させるものは何も見あたらなかった。
メイドはいつ頃片付けたのだろうか。浩一にはわからなかった。
しかし、きちんと前を閉じられた寝間着の下には、看護婦に施されたリング痕が残っている。
看護婦とのことも、そのあとのメイドとのことも、全て一日にして起こったことなのだ。
部屋は元通りでも、浩一はもう、昨日までの自分ではなかった。
きちんと寝間着を着せられた下では、生々しい傷跡がうずいていた。体の内も、外も、両方に。
浩一は自分の考えを整理して答を見つけようとした。
おかしなことに、浩一は答を出すよりも先に行動していた。
起きあがると、裸足で廊下にでて、居間を目指していたのだ。
まるでプログラムされたように、身体が動く。 迷いもなく、どこかに向かっている。何かの命令に従って。
長い廊下の途中、台所の前を通ると、中には知らない女性が二人見えた。
若い女達のようだった。白いTシャツに白いパンツ姿で、頭に白いキャップをかぶっている。一瞬だが、二人で調理仕事を手分けしてこなしているよだった。
彼女達は浩一に見られてもあわてた様子ではなかったが、浩一の視界から逃れるように別のドアから出て行ってしまった。
ミサトと、父以外に人がいる。 屋敷内に感じた奇妙な感覚の原因が判明した。
そして、匂いも。 彼女らからもミサトの匂いがするのだ。
ミサトの仲間。そうに違いない。
誰もいなくなった台所に、鍋にかけられたままの料理が湯気を上げている。閉められずの放置された蛇口の水が、シンクの底を打つ妙に低い音が耳に迫ってきた。
彼女らは、姿を消してしまったが、浩一にとっては、どうでもよかった。
この屋敷に何人の知らない人間がいようと、どうでもいい。 ミサトさえいれば、それ以外は関心外だった。
そのミサトはいない。
父の部屋かもしれない。
浩一は父の部屋を目指した。
浩一の行く先でときおりドアが閉まり、人の移動する気配がする。
そして匂い。 ミサトの匂い。この匂いをたどれば、ミサトに会える。
変化が加速しているような感じがした。
以前、この屋敷は多くの人間が自分達親子の為に働いていた。
その存在感があった。しかし、昔のそれとは違う異質の存在。
それらが、自分たちの屋敷を徘徊しているような得たいのしれない不安感があった。
どうして気づかなかったのか。広大な屋敷から何かがなくなってゆく。あまりにもわからないことが多すぎて、何がなくなっているのかもわからない。
しかし、まぎれもなく、何かが意図的に館から無くなってゆく。
誰かが意図的に館から奪い取っているのだ。
昨日の車庫の件もその一つだ。あれは、大きな変化だが、今はもっと何か小さいもの。
もっと形のない何かがなくなってゆく。
それは、浩一自身にとってもっとも身近なところから。
何かが。何かが、深いところで。 とても深いところで。
この言葉が浩一のなかで、繰り返し繰り返し再生される。
居間に向かう途中、母の部屋に近づいてくると、浩一は、どうにもいたたまれなくなった。
ドアの向こうには、母の生前のままにしてあるはずだ。
しかし、今この部屋がどうなっているのか、心配になってきた。
鍵がかかっているはずである。しかし、ノブの光沢が生々しい。
今も使われているような気がした。
鍵がかかっていることで安心を得たいがために、確かめる行動にでた。
浩一は、ドアノブに手をかけると、ゆっくりとひねった。
真鍮のラッチが作動する音。
引いてみると、手前で引っかかるはずであったが。
ドアは当たり前のように開いてゆく。
浩一は後悔したが、手は止まらない。
何年も目にしていない部屋の中は、廊下よりも明るかった。
部屋の奥の窓にかけられた分厚いカーテンが、タッセルにまとめられて綺麗に開かれていた。
部屋は昼間の明るさだった。
そして部屋はかびくさくない。むしろ母が今もそこで生活しているかのように、目にする物すべてが生き生きと存在していた。
浩一はこの部屋の雰囲気にいやな想像がよぎった。
まさか、メイドがこの部屋を頻繁に使っているとしたら。
浩一は部屋を見渡し、胡桃材のクローゼットに関心を抱いた。
いつのまにか浩一は、クローゼットを開いていた。
そして、こらえられない興奮を覚えながら、母の下着を吟味している。
以外なことに母の下着は大胆なものが多かった。あの母の雰囲気からは想像もつかない事実だった。
「あ・・・」自分の知らない母親の性を発見した事実に、浩一は興奮を隠せない。
(これ・・・)
浩一は母の下着のなかでも、特に自分の好みを反映した柄を選び出した。
それは、無意識とはいえ、ミサトの下着によくにていた。
浩一はミサトが浩一を釣った餌と同じ柄を、母親の下着から選んでいるのだ。
前が薄いレースをあしらわれた、黒いショーツ。妖しい光沢のある生地、特に小さく、露出の高いデザインだ。
「ああ・・・」 浩一はそれに頬ずりし、スベスベとした感触を堪能した。
匂いも嗅いでみる。大きく吸い込むとわずかながら、洗剤の匂いに混じって、頭の中を甘くしびれさせる残り香が感じられた。
わずかだが、その残り香をむさぼろうと、浩一の嗅覚は貪欲なまでに鋭く研ぎ澄まされてゆく。
しばし、堪能しているうちに、前のあたりがヒクヒクとうずき出した。
浩一はズボンの前をごしごしとすり始めた。
もう治まらない、後ろもうずき出してきたのだ。
「・・・ハァハァ・・・」
ズボンのファスナーに手をかけたとき、後ろに人の気配を感じた。
ミサトだ。見なくてもわかる、ミサトの気配、匂いを感じたのだ。
「おはようございます、ぼっちゃま?」
その声は、馬鹿にしたような、あざ笑いを含んでいた。
振り返って恥辱の目を投げつけると、ミサトは目もそらさずに、真正面から両目で浩一を見据えている。
その目が、自身の肉欲の何か近い琴線に触れられたような感じがして、浩一はズボンの前をしめらせていた。
「よく眠れましたか?」
浩一の表情を伺うように、体を追ってのぞき込んでくる。
今朝のメイドは、昨日とはまた違う。
髪型か、化粧は、何かが違うと思わせる程度だが、制服は昨日と明らかに違っていた。
昨日よりも生地は薄く、メイドの下着姿をくっきりと透かしていた。
スカートの生地は、クラゲのヒダのように、フワフワと軽やかに揺れ、ミサトの白い脚を美しく飾る。
胸元は大きくえぐられ、黒いレースで隠されてはいるものの、その豊満な胸が柔らかそうに揺れる様を見せつけた。白いが薄いエプロンに黒いメイド服が透けている。
誰が見てもメイド服には見えない淫靡なデザインだった。
浩一はだまっていた。
「お昼ごはんが、ダイニングにございますので、よろしければ?どうぞ」
また、一緒に食事か。
浩一は昨日の異常な朝食を忘れることはできない。
戻る 進む2007年12月9日更新部へ