転 男転がし
「おはようございます」
朝キッチンに立つメイドは昨日のことが嘘のようにさわやかで、明朗な声だった。
食堂に入ると、汗がヒンヤリと冷めていくのが感じられた。
エアコンが効いているせいだった。
奥のキッチンからメイドの明るい声が響いてきた。
メイドはシンクで洗い物を洗っている最中だった。
トレイがチラリと見えたので、父の部屋から食器を下げてきた後なのだろう。 浩一の脳裏に昨夜の父のことが想いだされた。
医者に診てもらった方がよくはないか。そう考えた。しかし、それは一瞬の間だけで、浩一の視線は既にメイドの豊満なヒップを追いかけ始めていた。
ああ、欲しくなってくる。たまらない。浩一の関心はさっそくメイドの後ろ姿を魅入られたように眺めていた。
今朝もメイドの服装は、やはりメイド服ではあるが昨日とは違う。
色は濃い紫。生地はサテンでノースリーブのワンピースに薄いピンクの胸まで覆うエプロンを付けている。
それはメイドの艶めかしい肢体をピッタリと包み、メイドの体格が大きくなったように感じさせるほど、体のラインをクッキリと浮き上がらせていた。
膝より上の短めのワンピースの裾はタイトスカートのようにきつく密着しており、バックに一本の深いスリットが入っている。 そのスリットから、生々しい光沢を放つ白いナイロンのストッキングに包まれた長いふくらはぎが、ムックリとつきだしていた。
髪をエンジ色の太いリボンでまとめ、軽くウエーブのかかった髪は綺麗にまとめている。
首から肩にかけての僧坊筋は日本人にはない角度で両肩に続き、肩の筋肉の丸みが少し汗ばみ、水々しい艶を放つ。
ほどよく脂がのった肢体は、どこもかしこも男を発情させるうるラインを描いている。
浩一は口の中に溢れてきた唾液をそっと嚥下した。
「すぐ、朝食のご用意をしますので」
「ご飯になさいます? それともパン? 」クルリと振り返るメイドの顔は、軽いジョギングでもこなしてきたように頬が火照っており、頬にかかった髪の毛がドキッとさせるほど妖しかった。
浩一はこのエアコンの効いた食堂でメイドがどうして汗ばんでいるのか不自然に思えたが、詮索する余裕もなく、メイドの問いかけに一呼吸遅れて、「パンでお願いします」と、答えた。
「かしこまりました」
「そのまま、椅子にすわってお待ちになってくださいます? 」
テーブルの上に今朝の朝刊が置かれており、メイドは食器を用意しながら、浩一をのぞきこんでくる。浩一は視界の隅にその視線を感じながら、新聞を拡げ、取り澄ました態度を装った。
メイドは、そのままキッチンの奥へ引き返す際、振り向いて明るく微笑んでいる。なにか意味深な態度だが、昨夜のことなら、あえて口にしたくなかった。メイドもあえて口にしないし、浩一も少しばつが悪かった。初めてあったその日のうちに、無様な醜態をさらしてしまったあげく、メイドの手コキで何度も悶絶させられ、最後はその手の中に射精させられたのだから。
想い出すと思わずこめかみが熱く、どうしようもない羞恥心がこみ上げてきた。と、同時に股間の疼きが押さえようもなく強まり、シンボルがズキズキと堅く上に向かって勃起し始める。
ああ、まただ。 思わず目が天井をさまよう。自分は元々こんなに欲情しやすい男だったのだろうか。
浩一は平静を装いながら、メイドに気付かれないように拡げた新聞で股間を見られないように努める。
昨夜のことはすべてこの女の謀りごとに違いない。こちらの弱みにつけ込んで脅したり、懐柔して、そのうち要求を突きつけてくるに決まっている。
きっと父もこの女の魔手に堕ちたに違いない。
父はこのメイドに毒でももられているのかもしれない。だとすれば、父をこのままにしておけない。この女は何を企んでいるのか。それを見極めてから反撃に打って出よう。 そのときは昨夜の借りをたっぷり利息を付けて返してやろう。
新聞に見入っている浩一の瞳に怨恨に近い情念の炎が浮かぶ。
ぶちこんで、思いっきり辱めてやるのだ。
しかし、あそこまで巧妙な罠を仕掛ける真意は何なのか。 こちらの弱みを握った時点で本性を表してもよさそうなものだが、そのような素振りはまったくない。父と一緒に暮らして2ヶ月も時間をかけるのはもっと別のところに目的があるからだろうか。
キッチンをメイドが、スタスタと忙しく歩いている。
浩一は裸足だが、メイドは小さなモカシンのような上履きを常に履いていた。 黒い、バックスキンで靴底はバレエのトゥーシューズのように薄い。 踝をつぶさずにキチンと履いているので、裸足のように新鮮な表情を形作っている。 都会ではヒールのついた靴ばかりで、メイドの立ち姿はとても新鮮だった。
ハイヒールのラインは究極のラインを集めて作られているが、美しければ、美しいだけ、その表情に変化が乏しくなる。
今、目にしているメイドの足下の表情豊かな変化にはどんなハイヒールもかなわない。
脚がたおやかに長いので、足はいっそう小さく見える。
柔らかそうで、スタスタと猫のように軽やかに歩く。
それは、野生の山猫をイメージさせた。
(う〜〜〜ん)メイドが背中を向けた隙にその柔らかそうな足を眺めていた。
ズボンの中で勃起しているシンボルをさりげなく弄って位置を直す。 シンボルはまったく治まる様子がない。
このまま扱いて射精すれば、スッキリと治まるのだろうが、そうはいかない。
頭の中にメイドが出てくると、妖しい指使いの感触が浮かび、渇いた喉が、水を求めるようにシンボルがメイドを渇望する。
またスッキリさせてくれるだろうか。
今度はメイドの中にぶちまけたい。
ミサトさんは何て言っていたかな。
またスッキリさせてくれると言っていたはずだ。
ああ、今すぐスッキリさせて欲しい。
あの指が絡みつく感触を味わいたい。
たまらなくなってきた。
ハッ、と浩一は自分の思考が反れ始めていることに気がつく。
メイドでも、ミサトでも、女でもとにかく彼女について考えないようにしないと、考えがまったくまとまらない。
大事なことなのに、いつのまにか考えが横道に逸れてゆく。
浩一は気をとりなおし、他のことを考え、欲望を鎮め、冷静になって考えることにした。
集中力を発揮し、冷静に構えていれば、なんでもないはずだ。
浩一は新聞を読み、メイドがいれてくれた紅茶を口にした。
と、ティーカップの受け皿に見たこともない乾燥した小枝のような
ものが添えられている。紫色をした綿棒ぐらいの
「あの、ミサトさん、これは何ですか? 」
「あら、お使いになられませんか。旦那さまがお好きなので、ぼっちゃまもお好きかと思いました」
「いや、父が? これは食べるんですか? 」
「フフ、ハーブの一種です。サエドナドラを乾燥させたものですわ」
「これは、こうして、紅茶に薫りを添えて楽しむものです」
そういって、メイドは小枝をスプーンのように使い、カップをかき回した。フンワリとほのかな甘い香りがする。メイドの香水にも似ているが、この館に入って気になった香りでもある。
このハーブが源だったのだ。
「父が?いや、知らなかった。でも、変わった飲み方ですね」
「そうですね、一般の方にはあまりなじみのない飲み方ですが、ブランデーを加えて飲む方がいらっしゃるように、外国では香りを添えて楽しむのも珍しいことではないようですよ」
口をつけてみると、甘い、脳に突き抜けてくるような香りが心地良い。
ハッカのように粘膜にスーッとしみるような、不思議な味である。
父にこんな好みがあったとは知らなかった。
「いれなおしましょうか? 」
メイドが浩一の反応を伺ってくる。
悪くない。浩一もこの味が好きなってしまった。
「いや、いいです。とてもおいしいですね」
そういって、浩一は小さなカップを飲み干してしまった。
じっと眺めていたメイドはその様子に蠱惑的な微笑を浮かべた。