転 男転がし

 看護婦と医者を見送った後、メイドは、普通のメイドに戻ってしまった。

 父の部屋に赴いてみると、父は毛布を掛けられて気持ちよさそうに眠っていた。
 話しを聞こうと思ったが、やめた。

 昔から、特に会話らしい、会話もなく、今もそれはない。
 何かが、悪い方向に向かっているのを知らせようとしているのを感じるが、感じるだけでは、考えが進まない。

 浩一は急に疲れを覚え、シャワーを浴びて着替えるよう、メイドが勧めるのを断って、自室に引っ込んだ。
 普通の状態に戻ったメイドは、強く勧めることもなく、素っ気なく引き下がった。
 あれほど、淫らで、ヒヤヒヤさせられた後では、ばつが悪いのだろうか。 
 それとも、浩一が、メイドの思惑を理解できなかったことに腹を立てているのだろうか。
 メイドの挑発も、お得意の流し目もなかった。


 かつての自分の部屋で、ベッドに仰向けになって、天井をながめる。
 浩一はすっかり疲れ果てていた。
 昨日からメイドの毒に侵されっぱなしで性欲は鎮まることがなかった。
 冷静に判断を出す暇を与えられなかった。
 それこそ、メイドの狙いであることは、わかっているのだが、体はそれに抗えない。
 メイドの誘惑にいともたやすく従わされていく。


 ぼんやりと看護婦が思い起こされる。
 美人だった。とても、思いやりがあって、自分を気遣ってもくれた。
 浩一は、看護婦にもらったクスリの事を思い出した。
 よく効くと言って、くれた薬だ。
 試してみよう。
 ビタミン剤か、その類のものだろう。
 カプセルは水なしでは、呑みにくそうなので、食堂で試したいところだが、先程の件もある。
 また、薬を呑むところをメイドに見られたくない。
 浩一は浴室に行って、試してみることにした。
 パチンとカプセルを取り出すと、カプセルは手の水分を吸ってベタベタした。
 とても薄く、すぐにでも中身がこぼれそうになったので、急いで水と一緒に呑んだ。

 飲んですぐに、気分が晴れてきた。 これは、本当に効く。
 疼きもやわらいだ。

 シャワーを浴びている間、メイドが現れるのでは、と、思っていたが、脱衣室で体を拭いている時になっても、メイドは現れなかった。
 廊下を歩いているときも、メイドの気配は感じられず、少し肩すかしをくらったように、浩一は物足りなさを感じた。

 着替えを済まして自室に戻ると、浩一は急に活動的になった。
 気分が高揚しているようでもある。

 とにかくこのままではよくない。
 父が心配ではあるが、いったん、ここを離れ、出直すべきだ。
 ようやく冷静になった浩一は今後の対応について、検討を進めた。

 
 まず、新たに警備を雇う。
 この警備は特に浩一から、メイドに警戒するよう、厳重に言い含めておく。
 次に会計士に連絡。父の資産の運営状況を報告書の形態で申請する。
 弁護士。今後の対応について、法律の後ろ盾を依頼する。
 懇意にしている調査会社にミサトの身上を調べさせる。

 しかし、メモに走り書きしているうちに気がつく。
 盆休み。連絡がとれない。

 しかも、メイドのことを考えているので、だんだんと頭の中はメイドのことで一杯になってきた。
 メイドに責められる淫らな快楽が、脳裏で再生されてゆく。
 朝の食堂での顛末を思い出すと、はからずも、股間はジンジンと疼きだした。

 内線が鳴った。
 メイドからに決まっている、逃げたい。
 そう浩一の理性が訴える。
 「ハイ、」
 体はなんの躊躇もなく電話に出る。
 「お昼はどうなさいますか?」

 遅い朝食をとったばかりなので、食欲は進まないはずではあったが、浩一はキッチンに向かうことにした。
 メイドを見たくて仕方がなかったのだ。
 それに、無性に冷たい物が飲みたかった。
 喉が渇いて、ヒリヒリする。
 食堂に入ると、メイドはコンロに立って、何かを揚げていたようだ。
 油モノ、浩一は思わずむかつきを覚えた。
 脇にこんがりと、キツネ色に揚げられた料理が見えた。
 キッチンは、油の煮えたぎる熱気と、香ばしい匂いで満ちていた。

 メイドはテーブルに料理を並べた。幸いなことに揚げ物は夕食に出すつもりのようだ。
 昼の献立はあっさりとした、冷や麦と、冷たいトマトサラダだった。
 いかにも夏らしい、メイドの気遣いだった。

 相変わらず、スイッチの切り替えがはっきりと感じられた。
 このメイドが今朝は、浩一を足で嬲ったなど、誰も思わないだろう。
 キチンと仕事に忠実な、メイドにしかみえない。
 
 今になって、いよいよ、浩一も、この切り替えの落差についていけなくなりそうだった。

 メイドの挑発は、突然、スイッチが切り替わったように始まる。
 何かの条件が揃うと、起動する罠。
 巧妙な仕掛けで獲物を捕らえる、美しく淫らな食虫花。
 一度ひっかかれば、どんなにもがいても抜け出せない罠なのだ。

 

戻る  進む2002年4月3日更新部へ

メイド 魔性の快楽地獄