転 男転がし
浴室を出て、メイドと別れた浩一は、応接室に行くように言われた。
メイドはそこに外出の支度を用意したと言う。
テーブルには、浩一の財布とハンカチ、腕時計、携帯電話がトレイに載せてあった。
メイドが戻ってきた。
冷たいアイスティーを運んできた。
この地方では、近年の観光の目玉として、「天狗祭り」が行われる。 天狗祭りとは、戦国時代に落ち武者の略奪から、天狗の装束を身に纏い、この地を守った三人の若者を称えた祭りである。
昔は小さい規模で、細々と執り行われていたが、近年の観光の目玉にしようと、盆祭りにあわせて、盛大に行われるようになった。
お盆に合わせて開催されるのは、都会に出ていった若者を呼び戻すにも好都合だったからだ。
「あの、ミサトさん、車庫の鍵を? 」
「あら、車庫に車はありませんよ。車でしたら、表の一台だけですが・・・ 」
「え? 」
けげんそうな顔の浩一に、メイドはベンツのキーを差しだしながら、「旦那様が処分されたのでは?」
浩一はメイドの言葉が信じられず、ガレージに向かった。
車庫に入って驚いた。
車が一台もない。
父がお金にものをいわせて、集めた、名車コレクションがない。 浩一が好きだった、マセラティもそこにはなかった。
全部処分したのか? なぜ?
まさか、財産の整理をひそかに始めているのでは・・・
浩一の知らないうちに、何かが進行している不安が胸をよぎった。
急ぎ足で、廊下を進み、父の寝室をめざす。
二階へあがる階段の手前でメイドが声を掛けた。
応接間から出てきて、手にした受話器を、片方の手で指さしている。
「誰から?」
クルリと回って、手近の電話を捜す。
メイドの方が近い。急いで引き返して、電話を受け取った。
「誰かしら、ぼっちゃまにって」
電話をかわると、激しい息づかいが聞こえてきた。
「あ、あの、」男の声だった。父ぐらいの年輩者の声。
どこからかけているのだろう。雑音が入っている。
「だ、大豆な、はぁ!なぁぁ〜がぁ!」
弱々しい声で、ガタガタと雑音に混じって必死に何かを伝えようとしている。
「はぁ〜、はあ!はぁぁ!」悲鳴のような声に続いて、何かがひっくり返されるような音、女の笑い声、と、同時に電話は切れた。
思わず浩一は、顔をしかめた。
「誰でした?」
「それよりも、父に会う。会って話を聞きたい」
電話をメイドに返すと、メイドは黙ったまま、浩一にすり寄ってきた。
プンと香水の香りが浩一を包みこむ。
「お休みになっていますが」メイドは食い下がった。
「かまうもんか」浩一も負けてはいない。
浩一は烈火のごとく顔を紅潮させ、メイドを睨んだ。
「祭見物の後でも話せますよ」
メイドもじっと、見つめ返してくる。
「お戻りになる頃には、起きておられると思いますが」
「大事な事なんだ」
「夕食のあとにでも、ゆっくりと話された方が・・・」
大事な事なのに・・・
ミサトの鳶色の瞳に見つめられるとヘナヘナと気力が抜けてゆくようだった。
強い意志力を現すクッキリとした眉。 憤って熱くなっている気持ちから、熱を奪ってゆく涼しげな眼差し。
長い睫毛。何度でも味わいたくなる、艶やかに縁取られた薄い唇。
「さ、」
ミサトが浩一の腕に手をそっと添えると、浩一は黙って応接室に引き返した。
ミサトはピッタリと浩一に寄り添い、ソファに座らせると、その大振りの肘掛けの部分に、自分も腰掛けた。
ミサトがコースターに置かれたグラスを手に取ると、飲むように勧めた。
少し納得のいかない浩一は、子どものように、顔を背けた。
「電話、何かおっしゃってました?」
「いや、良く聞こえなかった」
「ご年輩の方のようでしたけど、」
「お心当たりは?」
ミサトは浩一の心の奥を見透かしているように、目を細める。
浩一は黙って頭を振った。
「悪戯電話かな」
「悪戯?」
「いやがらせかしら」
「大豆のハナがどうしたとか・・・」
「大豆? 大豆が・・・何です? 」
「大豆の花って、聞こえたような・・・」
ミサトの表情に浮かぶ笑みが、嘲笑うような、冷たい笑みに変わった。
と、ミサトはグラスを手にしたまま、浩一ににじり寄ってゆく。
目を細め、浩一を見つめたまま、グラスをそっと唇に寄せた。
一口、口に含むと、グラスの縁にうっすらと、口紅が残った。
ピンク色の口紅に、浩一は魅せられたように、魅入った。
浩一はミサトの次の反応を待った。
ミサトの次の言葉を。
しかし、ミサトの唇から、何も言葉は出てこない。
グラスをテーブルに置くと、クスッと、小さくミサトが笑った。
ミサトと目が合ってしまった。
ミサトは浩一を見つめたまま、小首を傾げて微笑んだ。
ミサトが更にすり寄ると、ミサトの息づかいが浩一の首筋をねぶった。
全身に刷り込まれたミサトのマーキングが熱くうずき出した。
ミサトの手のひらが、そっと、太ももに沿って触れてくると、今、自分は、ミサトの下着を履かされていることを思い出した。
浩一は落ち着かなくなった。
ミサトはじっと、浩一に視線を注いでいる。
鳶色の瞳に見つめられると、ミサトの意のままになってしまう。
しばらくして、ミサトの瞳が黒く染まりだした。
また、始まる。
浩一はじっとしているしかなかった
金縛りのあったように、体をこわばらせながら、
「そ、そういえば、さっきの電話は誰?」
「同じ家政婦紹介所で知り合った、お友達です」
「ふ、ふ〜ん」なんとか話題を逸らしたい、予想される展開を避けたかった。
「ちょっと、悩み事を持ちかけられて、厳しくあたってしまいました」ミサトがズボンのジッパーを指でなぞりながら、答えた。
「お、女友達ですか? あ、あの、差し支え、なければ」
ミサトの指がジッパーをゆっくりと、開いてゆく。
「フフフ、メイドにだって、友達の一人や二人、おりますわ」
浩一は、滑り込んできた指先を感じていた。
「女でも、」息がかかるほど、唇を寄せて意味深に話しかけてくる。
「男でも・・・」すり寄って。指を、浩一の敏感な性感帯に這わせながら。
「どう?」ミサトは、柔らかく浩一の股間を愛撫する。
「ど、どうって?」そう、すぐには、回復しない。
「変な気分?」ミサトの息は紅茶の甘い香りがした。
「何か感じる?」浩一は充分感じさせられている。しかし、股間に変化は現れない。
「気持ちよくないの? 」ミサトがすねたような声をかけた。
「もう、何も感じなくなっちゃったの? 」指先に力をこめられると、快感は痛みをはらんだ。
「うっ」また、嫐られる。 自分の意志ではどうにもならない状況に浩一は観念するしかなかった。
「本当にどうしちゃったのかしら? 」玉を弄ばれると、不安がこみ上げてくる。額がチクチクとし、汗が噴き出してきた。
「フフフ、だいぶお疲れのようね」
ミサトは再び、グラスを手に取った。
「お薬を、あげ〜・るっ、フフフ」
「ハイ、アーンして」
そう言ってミサトはグラスから一口すすると、例のハーブのスティックを口に含んだ。
涼しい眼差しで、例のハーブを噛み砕き、ソロソロと、口を開く浩一にミサトの顔が被さってくる。
コリコリと口の中で噛み砕かれる音が、浩一に条件反射をもたらした。あのハーブの味を思い起こされ、口の中に唾液が満ちてきた。
ほつれた髪がハラリと垂れ、浩一の顔を覆う。
芳しい、香水の匂いがする黒い幕の中で、ミサトと浩一の濃厚な儀式が始まった。
顎をつままれた浩一に向かって、ミサトのすぼめられた唇から音もなく、おごそかに水飴のような、甘い唾が垂れてくる。
ミサトの荒い鼻息が、浩一の顔を荒々しく撫で、浩一の喘ぎと激しく混ざり合う
黒い幕の中で、二人は、睦言に耽るように吐息で言葉を交わしている。
浩一は、舌を小皿のようにして、その甘い液を甘受した。
舌にあたると、なぜか、感激した。
こぼさないように、首を必死に仰いで、受けた。
唾が蜘蛛の糸のように唇を結び、二人は、そのままゆっくりと、唇を合わせる。
柔らかい唇の間から、暖かく、しなやかなミサトの舌が甘い蜜のような唾液を流し込んでくる。
浩一はそれを喜んで、受け入れた。
強い香りが鼻にミントのように、突き抜けてゆく。
喉にアルコールのように、染み渡る。
ミサトが浩一の喉元を、優しくくすぐってやると、
浩一は猫のように、喉を鳴らしながら、うっとりと目を閉じ、嚥下した。
ミサトは浩一の唇をむさぼりながら、股間を指で何度もなぞってやった。その指使いは下着の感触を味会わせてやる為の愛撫だった。
「殿方の下着と違って、滑らかな肌触りがたまらないでしょう?」
爪の先を細かく動かして、滑らかな生地の表面をくすぐってやると、浩一はひっそりと低く、鳩のような鳴き声を漏らした。
「残念ね〜、今に当たり前になっちゃうのよ」
(これしか履けなくしてあげる)目をつぶって身を委ねる浩一にミサトはほくそ笑んだ。
浩一を疼かせる、柔らかいシンボルを満足そうに見収めると、
「いいわ、」ジッパーをキチンと閉じ、
「楽しんでらっしゃい」
そう言ってズボンのしわを引っぱってやる。
浩一を立たせて、シャツの襟を直し、母親のように微笑んだ。
結局、浩一はベンツを使うことになった。
メイドが浩一の迎えに使った、ベンツだ。
この屋敷にある車は、これ一台だけになっていた。
「夕方までにお戻りくださいね」
「さもないと、困ったことに」ぼそりと耳元に囁かれた。
「こ、困ったこと? 」不安の色を浮かべて、聞き返す浩一に、ミサトは意味深な笑みで答えた。
「困った事、よ」
「気、気になるよ、どういう・・・」
「遅くなるの?」ミサトは、遮った。
「い、いいえ、」
「じゃ、気にしないこと」
「は、はい、」ピシャリと切られてしまった。
「お気を付けて、」
「え?」
「車の運転に」
「あ、アア・・・」ニヤリと目を光らせたミサトの笑みは、浩一をゾクリと震え上がらせた。
「いってらっしゃいませ!」
メイドは、浩一を車の前まで送ると、ベンツに乗り込む浩一に、この上なく、恭しいお辞儀をして、車を見送った。
メイドのお辞儀に答えるように、車は前に滑り出した。
品格に満ちた動作で、黒い番犬のようなベンツのテールランプが遠ざかってゆく。
困ったこと、気になるが、今は、メイドから遠ざかりたい。
これ以上、一つ屋根の下にいると、気が狂いそうだった。
浩一は思わず、ベンツを急加速させた。
厳格なドイツの高級車は、浩一に力を与えてくれた。
この、ドイツが世界に誇る工業製品は、乗る者を頂点に駆り立ててゆく魔力を備えていると同時に、乗る者にそれに見合う従属を要求する。
庭園を横切ると、敷地のゲートが見えた。
詰め所があり、警備員が詰めているはずである。
門は既に開いており、浩一はそのまま通り抜けることにした。
詰め所の受付から、知らない警備員が軽く会釈したのを横目に、浩一は車の速度を上げた。
警備はこの男一人なのだろうか。
それとも、盆休みで人が足りないのだろうか。
その考えも、飛ぶように流れる景色に、かき消されていった。
密閉された車内が、全身の感覚を鋭敏にする。
メイドのスメルが全身を包んでいた。
性感帯に刷られたマーキングがヒリヒリと疼く。
滑らかの生地が肌を愛撫する。
股間を包み込むくすぐったい疼きにじっとしていられなかった。
体をもじもじとさせていたが、我慢できなくなってきた。
誰の目にも、触れない車内で自分を解放してやりたくなってくるのだ。
ファスナーを開くと、股間をくるむ生地をみやる。
ズボンの生地とは、異質の光沢が目を魅了する。
ハンドルを切って、コースを修正する。
まっすぐな道に入ると、浩一は片手をハンドルから、解放した。
シャンパーン・ゴールドの膨らみに、そっと、指を這わす。
ああ、たまらない。
この感触たまらないよ。
触ると柔らかいままであるが、蒸しタオルを掛けられたように心地よい刺激が感じられた。
指先に伝わる生地の滑らかな感触も味わい出すとやめられない。
そっと、触れるのが、いい。柔らかいシンボルをくるむ、しなやかな触感は軽く触れるのが、最高に堪能できる。
浩一が、カーラジオをつけると、滑らかな絹のような、バイオリンの四重奏がオンエアされていた。
その旋律に耳を傾けながら、浩一は口元を緩めて、車を走らせた。
木漏れ日の中、まっすぐに舗装された道を、一直線に突き抜けてゆくのだった。