転 男転がし
車で町に入ろうとすると、交通規制にひっかかってしまった。
浩一は、現状では地元の人間ではないので、町に車で乗り入れることはできないそうだ。
仕方なく、浩一は町の外に車を止め、そこから、徒歩で町に入った。町は晴天のにぎわいで、あちこちに祭の提灯が吊られ、観光客らしき人間と、地元の祭装束をした人間とであふれかえっていた。
宅地開発の著しい、町のあちこちにテキ屋が店開きの準備に忙しそうだ。
浩一がミサトと出会った駅のバス停の近く、ロータリーに山車が集められていた。都会から戻ったと見られる、青白い肌をした若者が、地元の日焼けした浅黒い若者に混じって、山車の引き回しをしている。今日は祭の前夜、今は、引き回しの予行練習のようであった。皆、汗をかき、喚声をあげながら、巨大な山車を引っぱっている。
浩一は人混みから、ポツンと孤立したところから、ぼんやりと、眺めていた。活気にあふれた町の雰囲気とかけ離れた、気の抜けた眼差し、目の前を誰が横切っても無反応だった。
通り過ぎる人々は無意識に浩一を避けた。
この青年が纏うオーラがそうさせるのだが、そのオーラを感じない者でも、体から発散されている危険な匂いが、違和感を感じさせた。何より、身につけている服のセンスは、地方の流行とかけ離れ、祭の雰囲気から浮いてしまっている。 タッセルの付いた革靴は、陽炎のゆらぐ、でこぼこに舗装された街路には、不釣り合いであった。
気の早い、地元の娘達の浴衣姿が、あちこちに見受けられた。
地元の年頃の女達はみな、浩一に見とれた。
どの男よりも、頭一つ高い身長。精悍な面立ち。
その外面とは裏腹に内面は醜く歪められた性癖を開発されているとは、女物の下着を密かに身につけているなどと、誰が想像するだろう。浴衣姿の娘たちも、この青年が、フェチズムに染まって堕落していることなど、思いもしないだろう。
傍によって声を掛けようとする娘は、はねつけられるような、見えない境界線によって阻まれ、誰一人として、近づくことは叶わなかった。
浩一は村八分にされたような、孤独感を味会わされていた。
明らかに自分は避けられている。
元は、地元の人間であったが、声を掛けられそうな、人間は一人も、姿を見せなかった。
場違いな場所に迷い込んだような、いたたまれない気持ちになった。
帰ろう、心で呟いて、引き返そうとしたとき、真後ろに人の気配を感じた。
ぽん、と肩をたたかれた。振り返ると、浴衣姿の看護婦がそこにいた。姉様人形のように繊細で見るものをなごませるスラリとした清涼感に満ちていた。
今の浩一がもっとも求めてやまない、安らぎがあった。
メイドは浩一の父が眠る寝室に入ると、出窓に歩み寄り、外を一瞥すると、窓を閉めた。レースのカーテンをひくと、窓に立ち、振り返るメイドの姿は、邪悪な影法師のようだった。
「旦那様・・・ぼっちゃまのことでお耳に入れておきたいことが・・・」
薄暗い部屋の中、ベッドに寝たままの浩一の父はハッとしたように、メイドの表情を探った。
エアコンのリモコンを操作し、ナイトテーブルの香炉に火を点す。 室内にみるみると、あの、忌まわしい、淫らな香りが立ちこめてゆく。
「う・・・む・・・」その香りを感じると、浩一の父は顔をしかめた。
メイドはゆっくりと歩み寄ると、妖しい笑みを浮かべながら、ベッドの脇に腰を下ろし、ブランケットをめくった。
軽く、手を握ってやり、上体を預けてくる。
メイドの美しい顔が迫ってくる。
被さってくると、その目は黒くキラキラと光っていた。
「う・・・」
「旦那様の思った通りになってしまいましたわ、フフフッ 」
「ウ・・・ウ・・・本上、おまえ・・・ 」
「申し訳ありません・・・な〜んてね」ミサトは歯を見せて嘲笑った。
「ウ・・・ウウウウム・・・・・・・貴様! 」手に力をこめるが、ミサトは、まったく動じなかった。
「あら、まだ怒る気力が残っていたのね」目を細めて冷たい声で受け流した。
「う・・・」
「おまえ、って言いました? 」鼻先が付くほど顔を寄せて詰め寄った。
「・・・」
「貴様、って言いましたよね? 」
ミサトが冷酷な眼差しを注いでくると、思わず目を逸らしてしまう。
ぼっちゃまのお世話に忙しくて、時間がないの、あっという間に気持ちよくしてあげる。
よかったわね。息子さんに感謝しなくちゃ。
ミサトは抵抗できない浩一の父に、ゆっくりと覆い被さっていった。