承 挑発
浴室から廊下に抜ける出入口の手前でメイドはゆっくりと立ち止まる。その後ろ姿は、部屋を揺さぶるような、秘めたる激昂をはらんでいた。
「よろしいんですね 」
背中を浩一に向けたまま、ボソッとメイドが漏らす。
一瞬、脱衣室の空気にピリッと沈黙が走る。
ピクリとメイドが部屋を出ようとした刹那、浩一は糸が切れたように取り乱した。
「はぁ、はじ、初めてなんですよぅ」熱くなった目頭に視界が曇るまま、浩一の頬を熱い劣情が流れてゆく。
「こ、こんなこと、初めてなんですぅ 」
メイドは背中で大きく息をついた。
「に、二度としません! 」 「当たり前です! 」 メイドは背中を向けたまま言葉を脇に投げつけるように言い放った。水を打つような言葉の鞭が、哀れな罪人に振られた。
「じ、自分でもどうしてこんな・・・き、気が付いたら、し、知らないうちに、こんな・・・ 」嗚咽を抑えながら許しを乞う。
「ほ、本当に、も、申し、訳、ありま、せん」
浩一は両手を大げさに床にひれ伏し頭を下げた。
「申し訳ありませんでしたぁぁぁっ」
「・・・」
しばしの沈黙のあと、フ〜っとため息をひとつ、メイドは肩の緊張を解き、振り向いた。
「それでいいんです」振り向いた顔は、優しいメイドに戻っていた。
それは絶望の中で希望の光がさしたようだった。
メイドは匂い立つような笑みを含みながら浩一に向かってゆっくりと引き返してきた。
「最初で最後、ですね? 」浩一は何度もうなずいて約束を誓う。
膝をついてうずくまる浩一に、ゆっくりと女神が降臨するようにメイドがしゃがんでくる。暖かく包み込むように優しく肩に手をかけてくれた。
「わかりました。この事はなかったことにしましょう」
「今日、ここで起こったことは、メイドとぼっちゃまの二人だけの秘密です」 浩一の頬をつたう涙を指ですくってやりながら、
「何もなかったことにしましょうね」と、にっこり笑った。
女神に許しを乞うた浩一の心の叫びは、聞き届けられた。
先程とは、うってかわったメイドの物腰が浩一を暖かく癒す。
メイドは浩一に包み込むように覆い被さってゆく。
浩一には分からなかった。
自分は癒されているのではなく、メイドに取り込まれつつあるのだということを・・・
浩一は只、メイドの慈悲に感謝した。
メイドの毒手がいよいよその効力を発揮し始めたのだ。
「ぼっちゃま・・・でも・・・」メイドは跪いている浩一の前にしゃがんでいる。
抱き合うように頭を浩一の肩にあずけ、耳もとに優しく囁いた。
「私も男の人の気持ちが分からなくもないんですよ。ふふふ、ぼっちゃまもお年頃ですものね」
香しい花の匂いのする、メイドの髪の毛が浩一の頬をくすぐる。
「どんなことしていたのか・・・」
メイドの唇が、鼓膜に向かって息を吹きかけながら囁いてくる。
メイドが更に浩一に密着してきた。
浩一は汗でびっしょりになっていた。
メイドの汗と香水、雌のフェロモンが浩一の汗に混ざってゆく。
「当ててさしあげましょうか? 」
悪魔の誘惑のようなドキリとする声色でそう言って、メイドは浩一のシンボルに指を滑らせた。