転 男転がし
「きゃっ!」
チューブの端から器具のソケットをはずすと、溢れた薬液が勢いよく戻ってきた。
「も〜う、入れすぎちゃったかしら・・・ 」
チューブの先をビーカーで受けてやる。 黄色い薬液はチョロチョロとしたたっていた。
「あ・・・ふ・・・」
チョロチョロと液が流れるだけで、浩一は射精に近い恍惚感を覚えた。
もっと感じたい、思わず浩一は力を抜いて流れるままにまかせた。
「あ〜、もったいない・・・」藤崎は眉を寄せ、困った顔をした。
浩一はいつのまにか息んでいた。 藤崎はそれに気づくと、
「も〜〜〜っ! 浩一さん! 」
「出しちゃダメ! 」叱りつけて、根元を指先でツボ押しした。
「うっ! 」
「今出したくてウズウズしてる、でしょ? 」
ニコニコしながら藤崎は、浩一の二つの睾丸をコチコチと手のひらで弄んだ。
「ここでグツグツとスープが吹きこぼれそうになってるんですよ? でも・・・・・・」
藤崎の言葉通りイキたくてウズウズしてくるが、膀胱が張っているとも言えなくもない。
排尿したい気分にさせられる。
浩一の体は、体内に逆から送り込まれた薬を排出させようと、
浩一の脳に射精と排尿の信号を送っているのだ。
「でもね、」
この感覚は以前にも味わったような気がしたが、浩一は思い出せなかった。
藤崎のしなやかな指が、萎えたシンボルを、真綿で包むように絡みつく。
藤崎が軽く上下に扱くと、またもや黄色い薬液がプックリと鈴口に吹きだしてきた。
「もう、出さないでくださいね・・・」
絡みついた看護婦の指は、ギュッとシンボルの根元を締め付けた。
「吸収されるまでちょっと休憩しましょう、ね? 」 藤崎はニッコリ笑った。
藤崎が医療用の薄手袋をダストボックスに投げ捨て、真面目な顔でタイマーをセットした。
「これで、よし。 じゃ、ちょっとお話しましょっ 」
看護婦姿の藤崎は、診察台の横、丸椅子にストンと腰掛けた。
「ど、どうしてこんなことを・・・ 」
見放された孤独な入院患者のように、浩一は天井を見たまま看護婦に訊ねた。
「えぇ? どうしてって・・・浩一さんが苦しんでいたからに決まっているじゃありませんか」
これが治療行為とは到底信じられない、とばかりに浩一は部屋の中に目をグルグルと走らせた。
それを見て藤崎は、まだわからないのか、とばかりたたみ掛けた。
「メイドさんに毒をもられて、浩一さんは急性の中毒症状に襲われたんです・・・」
「だったら病院に・・・」間髪入れずに、弱々しく抗議しようとする浩一を藤崎が遮った。
「だから、私が処置した、といってるんじゃないですか〜」
藤崎はあくまで医療処置をしたことにしたいらしい。
「浩一さんの為を思って、ですよ〜」
自分の置かれている状況が状況なだけに、赤い照明の中、浩一は必死に藤崎の顔色をうかがっていた。
なんとかこの状況から抜け出すことを最優先に、否定や批判はあえて避けるべきだろう。
浩一は質問はなしにしようと考え、話題を変えることにした。
「あ、ありがと、し、知らなかった、助けてくれたんだ・・・」
この部屋から出る、それを第一に慎重にコマを進めようとした。
「・・・・・・ 」ええ、と軽く頷いた藤崎は、だまって微笑んでいる。
「あ、ありがとう、助かったよ。 君が看護婦さんでよかった・・・ 」
看護婦からリアクションがないので、浩一はもう一度礼を述べた。
浩一の本心は、感謝の気持ちよりも不安で押しつぶされそうだった。
(この言葉にきっと、藤崎は気をよくしてくれる )
そうなれば、この拘束も解いてくれるだろう、
と浩一はふんでいたが、藤崎は以前としてそのままだった。
「ありがとう・・・」
浩一は、もう一度感謝の気持ちを口にした。
だが。
「ん〜〜〜 」看護婦は、鼻をならして唸った。 浩一の読みはもろくも外された。
真っ赤な照明の中、看護婦は少し困った顔で頬杖をつきそこなうような仕草をした。
「看護婦だから助けたっていうのは、あの・・・ 」両手を前に揃え、藤崎は自分の手に視線を落とし、
「それ、ちょっと違うんですよね・・・」モジモジと居心地悪そうに目を逸らし、
人差し指を唇に当てて考えるようなポーズをとった。
「え? 」
藤崎の反応に浩一は思わず尋ね返した。
「え? 」浩一が首を起こして懇願する目で藤崎を見つめると、
藤崎は黙って目を伏せたまま言葉をついだ。
「あの・・・私・・・」藤崎が動き出した。 身を乗りだし、手のひらが、浩一の下腹部にそっと乗せられた。
それはジットリと、藤崎の滑らかな肌の下を流れる血の温もりを伝えてきた。
目を逸らしたまま、浩一の下腹部を撫でる仕草は、畳にのの字を書く女性のはにかむ仕草を連想させた。
「あの・・・」藤崎は何度も口ごもった。 初めて会ったときと同じである。
要領を得ない看護婦の態度に、浩一は焦れったくなった。
「あの、私、私ったら、浩一さん、あの〜・・・・・・」浩一は何を言おうとしているのか不安に微動だにできなかった。
「・・・・・・・・・」ボソッ、と消え入るようなかすれ声で、何かを口にしたようである。
浩一には何を口にしたのか、さっぱりわからなかった。
「な、何? 」浩一は恐る恐る聞きただした。
「ウン、浩一さんに惹かれちゃった。 も〜う、一緒にいれば、いるほど、たまらないの!」
藤崎は子供っぽい仕草でだだをこねるような仕草をした。
浩一は一瞬、藤崎の言った意味がわからなかった。 まったく見当はずれの応えに、
藤崎のあまりにも、自己中心的な会話に唖然とさせられた。
藤崎の話は、浩一の予期しなかった展開に転がりだしている。
こんな状況で告白されて、誰が感激するだろう。 浩一は泣き出したくなってきた。
「恋なんて生娘くさくってごめんなさい、でも、今日だってもう一度会いたくて、無理矢理外に呼び出したのはわたしなんです」
その告白は浩一にショックを隠せなかった。
「え! 」思わず、頭を起こして藤崎を見た。
藤崎も今度は目を逸らさず、浩一をきちっと見つめ返した
「わたし、ミサトお姉様とつながっているんです」
「あ・・・ 」大声で助けを叫びたくなったが、直面している危機を刺激したくはなかった。
喉まで、でかかった恐怖を浩一は必死に押し戻そうとしていた。
しかし、不安が、どんどん膨れ上がってゆく。 二つの感情を同時に押さえるのは不可能だった。
「ああ、あの、い、言っている意味が・・・ 」
「つまり、わたし、わたし、ミサトお姉様と組んでいるんです」心臓が破裂しそうだった。
「メイドの本上ミサトは、浩一さんのお父様の資産を乗っ取るつもりで、
私もそのお手伝いをしているんです 」
浩一の不安は爆発した。 もう、いても立ってもいられない。
「はずせ、はずして、た、助けて、ここから出たい! お願いだ! 」
浩一は体を拘束する診察台の上でむなしくもがいた。
ギシギシときしむ音も、この看護婦はまったく気にしていない。
絶対はずれっこない、と余裕の表情で淡々と話を続ける。
「あの人は魔性の女・・・ 」浩一もそれに異存はない。
「媚薬とセックス以上の快楽漬けで洗脳して、他人を自分の意のままにしてしまうの 」
自分はまだ、助かるんじゃないか、浩一は希望を捨てなかった。
「お父様のように、あの人の中毒患者みたいになって家来に墜ちてしまう 」
そうならない為にも、ここから出るのだ。
「あの人の快楽奴隷、何もかも奪われてこの世から消えてゆく・・・ 」
父が哀れだった。
他人を奴隷のように働かせ、大切なものさえ奪った顛末が、女の色香の虜に成り果てたのだ。
寝室で骨抜きにされ、全てを奪われて奴隷にされたあげく、為す術もなくこの世から消えてゆく。
自分は殺されるのかもしれない。 いや、殺されなくとも、どこかの病院に軟禁状態にされるのかも。
浩一のこめかみを伝う汗を、藤崎は甲斐甲斐しくぬぐってやりながら、
「ごめんなさい、こわがらせちゃった? 」
「安心して、わたしは、浩一さんを助けたいの 」
浩一はゴクリ、と唾を呑んだ。
「わたし、わたし、でも、浩一さんのこと好きだから、だから、あ〜、あぁっ、もう! 」
浩一にこんな状況で告白している自分に腹立だしい気持から、藤崎は感情的になった。
「ミサトお姉様から浩一さんを守りたい! 」
「浩一さんを、あの人の好きにさせたくないんです」
「これって変です? 」
「あの人は私の恩人だけど、私達二人でとっても悪いことして多くの人を陥れてきたんです 」
「わたし、これがチャンスだと思うんです」
「浩一さんを守って、あの人と手を切る、チャンスなんです 」
藤崎は不安と驚愕に引きつっている浩一に一気にまくしたてた。
「お願い、浩一さん、わたしをキライにならないで・・・ 」言葉の最後は懇願に近かった。
怖気が走った。 看護婦と医者、メイド、全て申し合わせで父の資産を乗っ取る腹なのだ。
そして自分もその中に巻き込まれているのだ。
浩一は、藤崎の告白を信用できなかった。
こんな尋常でない状態で何を信じられよう。
まずは脱出しなくては、ここから出る、
浩一はこの看護婦に、話を合わせてなんとか利用出来ないだろうか、と一計を案じた。
(演じるんだ)
藤崎はどうやら、自分の事を好いているらしい。
それが、事実か、それとも、他に魂胆があるにしても、浩一の協力を望んでいる。
おそらく、話を合わせ、相手の望むままにふるまえば、とりあえずはここから出られるにちがいない。
失敗すれば、おそらく自由になるまい。
おぞましい器具で飾られたこの部屋で、何が行われるか。
想像するだけで、浩一はゾッとした。
股間が緊張にヒリヒリと縮みあがるのを藤崎に悟られたくない。
浩一は必死にリラックスしようと静かに唾を反芻し、藤崎の話を信じた振りをしようと努めた。
唇をきつく閉じてから、どもらないよう話しかけた。
「うん、わかっている、ボクも藤崎さんが、好きだ 」
「初めてあった時から運命のようなものを感じた・・・」
本心を見抜かれないよう、精一杯、感情をこめて告白した。
「!」
ズキッと藤崎の首あたりから緊張が走った。 その瞳はじっと浩一を見つめ返している。
「本当? 」小さく藤崎が聞き返したので、浩一は黙って小さく頷いて応えた。
「本当ですかっ? 」パッと声が高くなり、藤崎は顔をほころばせた。
「うれしい、やっぱり、やっぱりそうだったんだ 」
「うれしいな〜 浩一さん、アイって呼んで・・・ 」
「え? 」
「藤崎アイっていうんです」
「アイだけ、愛だけに動かされる子になるようにって・・・ 」
「イイ名前でしょ?」
「アイが好き、って言ってみて 」
浩一はイライラと焦れながらも藤崎の望む通りを口にしてやった。
しかし、「うれしい、うれしい、」と、喜ぶばかりで、藤崎はいっこうに浩一を自由にする様子はなかった。
浩一は決死の思いで本心を口にした。
「あ、アイ、すぐにここから出たいんだ。 はずしてくれないかな? 」
恐る恐る申し出ると、
「うん、でも、もう少し楽しんでからにしましょ? 」もう、浩一の気持ちなど考えていないようだった。
浩一には目もくれず、診察台横のワゴン載った器具をガチャガチャといじっている。
「え・・・」
「うん、もっとイイコと。フフフ、い・い・こ・とっ! 」
三段の棚板のついたワゴンの二段目から、 細長いパッケージをとり、一番上に並べている。
「二人の愛の儀式、な〜んて、歯が浮いちゃう! 」
「フフフ、ウフフフ、」
「二人は相思相愛なんだから、もっと絆を深めておかないとね 」
「それに、あの人よりももっと強力な魔法を駆けておかないと 」
「もどったら浩一さんは、あの人に食べられちゃう 」
「うんと強力な愛の魔法をかけてあげる 」
「絶対あの人に惑わされないように、してあげる 」
「と、万が一にもわたしを忘れないように、してあ〜げ〜る! 」
「あ・と、」
藤崎は話に夢中になって、タイマーを見て何かを思いだしたようにテキパキと動き出した。
看護婦は注射器を手にした。
注射器をあらためる手つき、真剣な眼差しはいかにも看護婦らしかった。
銀色のキャップに、透明な液体の入った小さい小瓶のキャップに針を通し、中身を吸い上げている。
針を上向きにかざし、プランジャーを操作すると、銀色の薬液が一線、空中に弧を描く。
それを眺める浩一は、藤崎が注射器をとったワゴンの二段目のトレイに、
注射器がズラリと並べられているのを見てギョッとした。
(何なんだ! あれは! あんなにたくさんの注射器を何に! まさか、まさかまさかまさか! )
「さっ、ちょっとチクッとしますよ〜」そう言って藤崎は、浩一に迫ってきた。