転 男転がし

 
 「始めますよ〜 」
 そう言って藤崎は合金製のワゴンに手を伸ばした。

 「ぅおっと・・・ 」
 最下段からトレイの最上段にその箱を載せる際、看護婦がバランスを崩しそうになる仕草から、その箱が大きさに似合わずかなり重いのが見て取れた。

 ピカピカに光る銀色のそれは、洒落たラップトップパソコンのようにも見えた。
 パカリ、と開いた。

 (ああっ! )
 浩一の目に映ったのは、真っ赤な毛氈の内張一面に並べられた銀色のリングだった。
 赤い照明の下にあっても、目も眩まんばかりの貴金属である。
 銀色のリングホルダーに束ねられ、内張に設けられたフックに、指輪がどっさりとぶら下がっている。
 「どれがいいかな〜」浩一にニンマリと意味深に微笑んだ。
 
 太いのから、細く小さなものまでさまざま、藤崎は楽しそうに人差し指をチョンチョンと
踊らせてゆく。

 フックから鍵束を取るような手つきで一つの束を手にし、
カチャリカチャリ、とこれもまた、鍵を探すような動きでリングを吟味している。

 「どうです〜? ドッチャリあるでしょう? 」
 浩一は気が遠くなりそうだった。 
 これから続く快楽と苦痛に失神するところだったが、看護婦の言った通り意識はハッキリと目覚めていた。

 「まずは、細い針でならして・・・だんだん太く大きいノにしていってあげる・・・」
 そういって藤崎は注射器の針だけをズラリと取り出し、
 一つをパッケージから取り出した。

 「痛いのは一瞬ですから〜、さっきの注射とおんなじ・・・」
 全身の皮脂腺がチクチクした。

 「針はもう勘弁しデグれっ! 」
 もう一度気を失いたい、が意識はハッキリとしたままだ。

 「ハイ力抜いてっ、リラックス、リラ〜ックス・・・ 」
 まったく動じない看護婦の口調がかえって恐怖感を煽る。

 「お願い、そ、そんなのやめデくれ、痛すぎるっ、なぜそんなものをっ」
 半泣きになって訴える浩一だった。
 「ウン、趣味でっす、フフフ、 」
 「わ〜〜〜〜」もはや、狂気の沙汰から逃れる術はなかった。

 「これ、つけたらミサトお姉様は浩一さんに指一本触れませんよ 」
 「護符みたいなものですから・・・ 」
 「つけましょ? ね? 」浩一は黙って首を振った。
 「あの人をビックラさせましょっ! 」おどけた口調に対し、鼻をすすり上げながら何度も首を振った。
 
 「フヘェ! ゆ、ゆ、指輪っ、指輪がいいっ、その指輪にしてっ、」
 束の一つ、台座に宝石を埋め込んだ指輪を見つけると浩一は進言した。

 「え? フフフ、指輪なんかありませんよ? 」
 「ハッハ〜ン? こんな太いのが、いいの? 思いっきり大きな穴があくけど・・・ 」
 「指輪でいい〜〜〜、指輪〜〜〜 」浩一は半狂乱になって叫んでいた。
 「フフフ・・・違いますったら・・・これはピ・アァ? ス! 」浩一が叫べば叫ぶほど藤崎は興奮させられた。

 「お願いだ、後生だから、もうやめて・・・ 」清浄綿、消毒薬、針・・・フック状の金具。
 看護婦はテキパキと準備を進めた。
 
 「きっ、キライになってしまう 」
 「えっ! 」ここに至って藤崎は初めて驚きを見せた。

 看護婦は固まったまま、首だけ回して浩一を見た。
 「コレぐらいのことで、浩一さん、私を嫌いになるの? 」
 たった一言、聞き流すのではと思っていた言葉に、看護婦は過剰なリアクションを見せた。

 「ええええ〜〜〜 」

 「私のことアイしてるっていったのに、コレぐらい、」針をつままれると、ゆすられた。
 「今まで痛くないように、してあげているのに、コレぐらい! 」何度もひっぱたり、つねられた。
 「アアア・・・ 」
 「これぐらいのことでキライになるの? 」そう言うや、メソメソと、口をモゴモゴさせた。
 「じゃ・・・ 」
 「もっともっと痛くしてもいいんですよね? 」
 「浩一さんのこと好きだから、気持ちよくしてあげているのに、」

 「何倍も痛くなるお薬だってありますよ? 」ホラ、と青いドクロマークの小瓶をかざしてみせる。
 「死ぬほど痛いだけでもいいんですか? 」目に入るわよ、とばかり浩一の顔につきつけた。

 「あの、あのね、アイが、わたしが刻む痛みはね、浩一さんの脳内で快楽物質の分泌を飛躍的に高める為の痛みなんです。」
 「ア・アア・・・」藤崎の変わり様は浩一をすくませた。 相当のショックだったようだ。
 
 「ちょっと、」
 「ほんのちょっとだけ! 」
 「ほんのちょっと、ちょこっと我慢していれば、すぐに、もっと気持ちいい世界が開けるんですよ? 」
 いいんですか? 痛くて苦しいところでやめても?
 わたしのこと、キライになったらそうしますよ?

 両手に浩一の肩を掴んで揺すっている様は子供のようだった。

 「違う、頼むからヤメテ! 」
 浩一の一喝で藤崎は看護婦に戻った。

 大きく何度も息を吸い吐き、静かに話し出した。
 「イヤだイヤだしたってね、みんな最後は喜ぶんですから 」

 「もう少し我慢して。 ね? いろいろ大事なお話もあるし 」 

 「ここでやめちゃったら、お話なしよ? 」優しく懐柔しようとしているらしい。

 「おまけにわたしを傷つけて、浩一さんも傷つくんですよ? 」
 「き、傷って・・・ 」
 「傷です 」看護婦はピシャリと断言した。

 「看護婦さんにまかせてくださいって。 浩一さんも感謝したくなりますから 」

 (ミサトお姉様に負けないようにしてあげるんだから ) 
 藤崎は巧みに浩一を撫でたりさすったりしながら、話を続けた。
 
 「そんなに、イヤですか? 」
 「ハズシテ・・・」
 藤崎は溜息をつきながら髪を払った。

 「う〜〜〜ん」
 「それじゃ、」
 「うん、それじゃー、浩一さんがわたしに勝ったら許してあげる 」

 「? 」浩一はいぶかしげに先を促した。

 勝負の方法は、と一拍ついてから切り出した。

 「イカせっこ、どうです? 」
 イカせっこ、こんな状況になければ、かわいらしい発想かもしれないがそうではない。
 ふざけているのか本気か、浩一は黙って藤崎の目を見つめていた。

 「お父様を助けたくないの? 」たたみ掛けてくるところは本気のようだ。

 「わたしなら、お父様を引き剥がせますよ、あの人から 」
 「このままだと、浩一さんもあの人の虜にされて、地獄に落とされちゃいますよ? 」

 浩一さん、女の子を鳴かせてきたんじゃありません?
 私にいいように、イカされまくって悔しくありません?
 わたしが浩一さんをドッピュンさせたら、私の勝ち、このまま私の言うことに従ってもらいます。
 浩一さんが、もし、もし私をイカせちゃったら、私、浩一さんの望み通り、おうちに帰してあげます。
 もう、痛いのは、なしですよ、残念ですけど。 
 藤崎の白魚のような指が、浩一の性感帯を巧みにじゃらす。
 針もやさしくタッチされる分には心地よい痺れを感じた。
 耳元にコショコショと囁かれると、甘い毒でくるまれてゆくような気分だった。
 
 「どうです? 」藤崎は優しく訊ねた。
 いいかげんにしてくれ、と思いつつ勝てる可能性にあたりを付けていた。
 
 「自信ありませんか? 」
 「わたしだって不感症じゃありませんから・・・ 」
 藤崎が肥大した肉ビラをヒタヒタとシンボルに擦りつけている。

 「フェアな勝負だと思いませんか? 」
 うつろな眼差しで、唇を甘い気でふるわせている。

 イキやすいのはわかっていた。 くわえて浩一はもっとイカされたわけだが、それが有利に運ぶかもしれなかった。
 
 いいかげん、そう易々とイカされることはあるまい、とふんだのだ。
 看護婦にされた妖しい処置は念頭になかった。

 そしてこの危険な賭けに興奮を覚えていることに疑問もなかった。
 むしろ甘い誘惑を受けているような淫らな気分だった。
 きっと勝てる。 
 (イカされ・・・じゃなく、イカせる・・・ )
 それに拘束を解かせるきっかけになると思った。

 選択肢はしぼられた。 浩一は心を決めた。
  
 そう思わせたのは看護婦の巧みな謀り事である。

 浩一の薄っぺらな思惑をなぞるように、こめかみを汗が伝う。 看護婦はニコニコとほくそ笑んでいた。

 「このまま穴開けさせてくれます? 」藤崎は追い込みをかけた。
 痛いぞ〜、とおどける藤崎に、浩一はピタリと視線を突きつけた。
 
 ヤル。 浩一は黙って決意を表した。
 浩一は、いとも簡単に看護婦の奸計にハマッたのだ。

 「あ、やる気ですね? 」
 (フフフのってきたのってきた〜 ちょっとは楽しませてくれないとね、浩一さん )
 
 「フフフ、お父様思いですものね 」 看護婦は意味深に笑みを浮かべ、武者震いをしてみせた。
 
 「では 」

 「あ、そうだ 」その前に、と看護婦は注射器をとった。
 ギュッと浩一の腕に緊張がはしる。
 「うんと楽しまなくちゃね・・・ 」看護婦は自分に薬を使った。
 
 「は、はずしてくれ・・・ 」
 「もちろん・・・フェアにいきましょう・・・ 」
 

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メイド 魔性の快楽地獄