転 男転がし
アイは高校生最後の夏、朝靄にけむる公園に来ていた。
アイは早朝に自主トレーニングを欠かさない。
昨日の練習に使ったウェアをもう一度使う。
洗うのはその後と決めている。ここ一週間ずっとそうしている。
理由があるのだ。
アイは空気の綺麗な時間帯、早朝に近所の緑地公園に出掛ける。
公園内は広く、外周に沿ってランニングや散策のできるよう整地されたコースがある。
コース脇には椿、キンモクセイが植えられ、かぐわしい香りを胸一杯に吸い込むと、心の中まで浄化してくれる気がした。
アイが準備運動をしていると、規則正しい足音がパタパタと近づいてくる。
青いシャツに青のジョギングパンツ、日焼けしたカモシカのような脚。
裸足にジョギングシューズを履き、首にタオルを巻いた少年が走ってきた。
160センチ前後のアイより身長は低い。カモシカのような脚も、アイと比べるとまだまだ成長過程にある。
時折、両手を前で構え、ファイティングポーズをとっているところは、ボクシングジムの練習生か、そうなりたい願望のある中学生だろうか。
中学生だろう。
アイはこの少年を「練習生」とあだ名をつけていた。
首から肩にかけて華奢で中性的だが、顔つきは、ここ最近変わってきた。
アイは自分のおかげだと思った。
遠くからアイを見つけ、真横を通り過ぎるまでジッとみつめてくる。
アイはあえて、無視し、目を合わせたりはしない。
ただ、軽く笑みを浮かべてやるだけでよかった。
視界のすみにとらえられた練習生の目は、飢えた子犬の目だった。
アイは時折後ろを振り返る練習生が、カーブに入って見えなくなるまでしっかりと準備運動を続ける。
とっくに、身体は目覚めており、じんわりと額に汗を浮かべていた。
練習生はカーブの向こうに消えた。
「よシっ! 」アイはトントンと爪先で地面をノックすると、軽やかなスタートを切った。
無駄のない流れるような動作でどんどんピッチを上げた。
少年の見えなくなったカーブを抜けるころには、アイは疾走に近い四肢の躍動を見せていた。
朝の涼しい風が耳を心地よくくすぐってくる。
(フフフッ)
練習生はペースを落としていた。
もっと先に進んでいるはずなのに、あまり差は拡がっていなかった。
振り返った少年の顔は感激の表情を隠せないでいるが、プイと前を向くとペースをあげ始めた。
(フ〜ン、白々しい・・・)
アイの靴がタッタッタッ、と俊敏なリズムを奏で、二人の差はみるみると縮まってゆく。
肉食動物が獲物を追い上げているような光景だった。 獲物よりも早く走れるのは当たり前である。
練習生が振り返った時、アイは真後ろに付いていた。
決して目を合わせず、その表情は冷たい笑みが浮かんでいた。
アイの出で立ちは正面が白、サイドが赤のツートンで、身体にピッタリしたノースリーブのシャツに、下はホットパンツのような短いトラックスーツ姿だった。
伸縮性に優れたトラックスーツは、高校生になっていっそう女らしくなったアイの肢体を引き立てていた。
長い手足は真珠のような光沢を放ち、柔らかく流れるような柔軟性が目を奪う。
胸のふくらみはステップを踏むたびに量感を誇示し、張りつめたヒップにホットパンツがはちきれそうだった。
汗をタップリと流し、男を欲情させるフェロモンをまき散らしながら、アイは追い越してゆく。
そして前に並ぶと、プラムのように張りつめたヒップ躍動させ、 悩ましいリズムで呼吸を繰り返し、離れたり遠ざかったりしながら、年下の青臭い性を挑発してやるのが楽しかった。
練習生にとって初めての年上の女だった。
横に出て追い越そうとするとブロックされた。
身体がぶつかりそうになる。 むきになれば、アッというまに距離が開いた。
スピード、テクニックにおいて相手は余裕たっぷりだった。
急接近し、ぶつかりそうになっても二人は言葉をかわすことはない。
終始無言、息づかいだけが交わされた。
アイの方がわずかに身長が高い。
ヒップは、練習生のへそまで切れ上がっていた。
貧血にかかったように、クラクラした。
アイは気づいていた。
練習生の短パンの股間の膨らみを。
走り出して勃起したソレは、走れば走るほどタマラナイ刺激を受けるはずだ。
イカないかぎり治まりっこない。 今朝もイクしかないのだ。
すぐ前までスピードを落とし、挑発する。
更に翻弄してやるのだ。
練習生はアイにリズムを変えられ、息づかいが変わった。
今やアイのリズムに従って息をしていた。
アイの腰つきに合わせて股間のたかまりがうねった。
アイのリズムに従うと、シンボルはたまらなく気持ちよくなってゆく。
もうすぐ。 身体が目の前の女の身体に引き寄せられる。
理由はわからないが、女性の肢体には引力が存在することを知った。
手を伸ばせば届く、目の前に性の入り口が開いている。
「ハッ!ハッ!」
触りたいと思っても、そんな余裕はない。 アイは残酷なタイミングで引き離す。
「ハァッ、ハァッ」
アイも感じ始めていた。
窮屈なジョギングパンツが充血した花心をもみくちゃにほぐしてゆく。
ショーツはつけていなかった。
洗濯物が増えるだけだ。
つけないほうが、スリリングで興奮する。
「ハッ、ハッ」汗でヌメリを帯びた太股が悩ましい。
「ハァ〜、ハァ〜」短いホットパンツから愛液がしたたってきた。
「はぁっ、はぁっ」汗の上を伝うその様は、気が狂うような光景だった。
もう練習生はアイの後ろ姿、とりわけ、下半身だけを追いかけていた。
アイは巧みにペースをコントロールし、練習生をたぶらかしていた。
追いつけそうで追いつけない絶妙な距離をキープしていた。
アイのリズムにハマったら、どんな猛者もペースを狂わされてしまう。
そうなると、アイが本気でスピードをあげれば、あっという間に置き去りにされた。
ハッ! ハッ!
アイの息づかいだけが耳にこだまし、練習生は股間にヒリヒリと快感を覚えた。
砂浜を走っているように、足下が心許ない。
「ハァッ! ハァッ! 」
「はっ、ハッ 」二人の呼吸がだんだんシンクロしてゆく。
「ハッ、ハッ、フフッ」
アイは、小さく笑い、練習生と併走すると耳元に唇を寄せた。
「気持ちいいね! 」
その言葉に嘘はない。 アイのペースにのまれ、練習生は今や金魚のように口をパクパクさせていた。
時折ガクッと、バランスを崩しそうなる。
練習生は必死にアイに遅れまいとするが、下半身に吸い付き、締め付けるサポーターの感触が、腰全体を甘く痺れさせる。
「ペース、ちょこっとあげるね・・・」アイの一言に練習生の顔に苦悶の皺が浮かんだ。
「まだイケそうだもんね」
アイは更にペースをあげた。 ビルドアップ走法。 どんどんペースをあげていくこの走り方は、ペース配分を間違えると、プロのジョガーでもバテる事があるといわれる。
アイは余裕の笑みで横顔を見せた。
「うん、まだまだイケそう、フフ、アハハッ」独り言のように目は絶対に合わせなかった。
追い越してアイに見つめ返されたい。とりつかれたように練習生はアイに追従した。
「ハッ、ハッ、ハッ」
公園内を散策している人が、突風のように、通り過ぎてゆく二人に目を見張った。
前を走っているのは女性。 後ろを苦しそうに突いてゆくのは男の子。
ここしばらくよく見かける光景だった。
「アアン、まだ付いてこれるの? フフッ、大丈夫かなぁ? 」アイの言葉に踊らされ、若い練習生は暗示にかかっていた。
「もう限界じゃないの? 」アイの言うとおりに限界を感じた。
「ほら、ハイッ、ハイッ!」アイのかけ声に膝が砕けそうだった。
「やせ我慢しちゃって・・・」しかし、この年上の女性は余裕だ。
アイは仕上げにかかるため、ペースダウンしてやる。
並んで走ってはいても、アイはまったく目を合わせない。
「君かわいい・・・ 」甘い言葉に顔が熱くなった。
練習生は完全に腰砕け状態で、蛇行し始めた。
「どうやら・・・・」アイは右に回ったり左にと、変幻自在に声色を変えながら、獲物を弄んだ。
「限界みたいだね〜」練習生は心臓が破裂しそうだった。 自分は目は真っ赤に充血し、鏡を正視出来ないほど無様な表情を浮かべているはずだ、限界だ! 心の声は悲鳴に近かった。
「お姉さんまだ余裕だよ? 」化け物だ、こんなことって! 練習生はまたひとつ物知りになれた。
世の中には男より能力の優れた女性がいるのだ。
結果からいうと、この練習生はかなりの「物知り」になるのだ。
アイによって。 一生消えない、人に言えない嗜好も植え付けられることになるのだ。
「フフッ、あっれ〜?」アイはオーバーに目を剥いて視線を下半身に向けた。
「う、」もはや、足取りは内股でバタバタと無様に地面を叩いていた。
「あ〜あ、まただね〜 」アイはかすれた声で冷やかした。
「君、いっつも何考えてんの? 」さも迷惑そうに、口を尖らせてののしるように呟く。
「くっ! 」たまらず練習生の顔が醜く歪む。
(フフフ・・・ )アイはチラチラと表情と股間を交互に覗き、青くさい羞恥心をチクチクと嫐った。
練習生はアイの視線に、気の遠くなるような羞恥心と甘い疼きが限界に達した。
アイがヒョイと前に飛び出し反対に並んだ。
アイが前を横切る際、蒸せかえったフェロモンが練習生のたまりに溜まった青い性欲を、ひっくり返さんばかりに煽った。
「フフフ、ハハン! 」
身長の高いアイは練習生の横にピッタリと並び、余裕の笑みで息を吹きかけた。
「すごい汗だね! 」アイの息吹はゾクゾクと首筋を粟立たせた。
「ね、ナぁニ?、コレ! 」アイが今度は反対にヒョイと横切った。
ポンッ、とアイの手の甲が股間に当たった。
「あっ! 」練習生は断崖で背中を押されたような声を上げた。
アイは斜め後ろから耳に唇を寄せた。
「ボッキ・・・チンポ、勃起してるよね! 」アイがトドメの一言を耳元に悪戯っぽく囁いた。
(ちんぽ、ボッキ・・・)
「あぁ〜〜っ!」
あまりの卑猥な耳打ちが鼓膜からシンボルを激しくゆさぶった。
ビリビリと糸電話のように響いてくる。
「うっ!うっ!うっ!うっ! 」頭の中で白い閃光が爆発した。
股間に快感が迸り、サポーター越しに拡がる熱さに陶酔させられた。
「ハッフ! 」息が止まり、バタバタと練習生はころびそうになった。
「フフフ、オツカレ〜」スピードをあげて引き離した。
アッという間に練習生はアイから遅れてゆく。
アイがチラリと振り返ると、歩道に植えられた椿の茂みに突っ込んでいた。
目はあらぬ空間をさまよい、アイを追う余裕もなくなっていた。
ランナーズハイにくわえ、アイの呼吸コントロールでイッた。
練習生はアイにからかわれるのが日課になった。
アイも最近はタイミングが手に取るようにわかった。
息づかいとトドメの一言が効くようだ。
練習生とはそれだけの関係が一年続いた。