転 男転がし
浩一は谷川に肩を借りながら、かつての自分の自室にたどり着いた。
谷川は額にはりついた髪をすき、看護婦が出した薬を改め、傷だらけになった浩一の体を診察した。
浩一の胸に張られたガーゼをピリリとめくってピアスを確認すると、眉をしかめた。
そして「同じだ・・・ 」と、小さくつぶやいた。
「痛いか」触診は不思議と痛みを感じなかった。
「う・・・」ジーンと熱いものが押しつけられたように疼く。
むしろ、もう少し強く触って欲しいくらいだった。
谷川は、そんな浩一の微妙な表情をみて、いまいましげにかぶりをふった。
「君ら親子は、とんでもない状況にある」
「お父上は、もうだめだろう。 あのミサトの完全な奴隷におさまっている」
君もこのままだと、アイから離れられなくなる。
いてもたっても、アイのことばかり思うようになる。
「つ、つまり、このっ、私のように」
そういって谷川は、ひっかけた白衣の下で、シャツの前を指でなぞっていた。 アイの名前のはいったピアスが疼くのだ。
白い汗ばんだシャツの胸に、ポツリとリングが浮き上がっていた。
小さく、くそ、と悪態をつく。
「情けない話だが、もう、どうにもならん」
君だけでも逃がしてやりたい。
「わたしは、わたしは、アイなしでは生きていけない体になってしまった 」
「あ、アイ、奴のことを思うだけで、思うだけでっ、この、の、」
顔は醜く歪み、額には脂汗を浮かべていた。
「あ、あんな小娘、にぃ!」髪をかきむしって取り乱した。
息を荒げ、ハァハァと荒い息でまくしたてた。
その有様に、浩一は怖気が走った。
どうやら、この初老の医師は、アイの毒牙にかかり、哀れ、その中毒になってしまったようだ。
おそらく自分よりも、もっと過酷な責めだったのかもしれない。
そのやつれようと、身につけている金色の腕時計、めがね。高そうなネクタイが痛々しい。
浩一は何か手はないかと考えたが、答えは真っ直ぐにはいたらなかった。
他の幾多の犠牲者と同様、心の中にに撒かれた、奇妙な種がすくすくと芽吹いてきたのだ。
この種は心の底に蒔かれると、じっとりと湿った暗い大地に蜘蛛の巣のように根をはる。
ほかの芽を遙かにしのぐ早さで成長し、他の成長を阻害する。
現に浩一の思考は、ミサトとアイに対抗する芽が、成長を阻害されている。
今、浩一の頭の中は、自分がアイとミサトのどちらに惹かれているのか、
この医師や、父はどんなことをされたのか、
高い地位にある人間を、ここまで悩ませる快楽とはいったいどんなだろう、
知りたい、その為には、このままも悪くないかもしれない、
と考え始めていた。
このままなら自分もそうなるのだ。
なぜか恐怖心はなかった。 アイは自分どうするのだろう。
思いを馳せると、心臓がドキドキと早くなった。
そんな自分が、既に変わってきているという事実を、浩一はわからなくなっていた。
「君は逃げろ、あ、あいつらは私が引き受けた。 ウフフフ・・・ 」どうして逃げなければならないのか、浩一の思いをよそに、谷川は独り言のように呟いた。
ミサトは、アイを二階の客用寝室につれて行った。
広い屋敷に、たった四人。 門の警備を入れても五人。
クルミ材をふんだんに使った廊下の壁には、日焼けの後にも似た、四角い変色が見られた。
それは、かつて、高価な絵画が何枚も飾られていた名残だった。
装飾台の上に壷敷きが残っている。
そこも、高価な花瓶があったはずで、今はうっすらとホコリをかぶっていた。
それこそが、本物の家政婦は、もはやこの屋敷にはいないことを表していた。
この階の廊下に並ぶ、鍵のかかった部屋は、殆ど、もぬけの殻だった。
ミサトがこの屋敷に来てから、そういう部屋が増えていった。
ミサトはその一つにアイをつれてきたのだ。
ドアを開けると、小さく油の切れた音とともに、締め切った部屋の匂いがした。
照明のスイッチをつけると、いくつかの家具が残っていた。
古い皮のソファ、ローテーブル、ベッドがあった。
ミサトは、黙って部屋に入るよう手で促した。
お先にどうぞ、ということらしい。
その物腰はあくまでも優雅で上品。 アイもミサトにならい、黙って部屋の入り口をくぐった。
「キャッ! 」腕を強く掴まれた。
ミサトの魂胆を読み切れなかったのは、アイの不注意だった。
「もう許しませんからねっ!」 歯をむきだし、ミサトは残忍な笑みで襲いかかった。
アイは、振り返りざまに手首をねじあげられた。
「この泥棒猫! それとも野良猫かしら? ほかにどう呼んだほうがいいかしら? 子猫ちゃ〜ん? 」
「イタッタタタ・・・ 」ミサトにとって、女の華奢な腕を折り畳んでしまうのはなんの造作もなかった。
「調子にのってると、痛い目にあうといったでしょう? 」背後をとられ、そのまま部屋の中に連れてゆかれた。
ミサトは突き刺さるような険のある声で言い放った。
「いっけない子ね〜」体格で優位にあるミサトがグイグイと腕をねじ上げる。
「いっ痛いっ! み、ミサトお姉さま! 」
「フフン、メイドのミサトさん、で、結構よっ、看護婦さんっ!」グイッと更に力が加わった。
「アッツ!」
ギリギリと靱帯がひきつってゆく。
ゴリッ、肩の関節に火傷のような熱い痛みが走った。。
「キャゥッ! 」痛さに悲鳴を上げるアイを、ミサトはズンズンと部屋の中に押い込んだ。
腕が肩から、もぎられそうな痛みだった。
「ギャゥ〜! イタイタイタイイッ! 」
「ええ、ええ、痛いでしょうとも! 」荒々しく、興奮気味に、ミサトは応えた。
シュッシュッ、と浴衣の帯が抜かれ、クルクルと手首、腕、胸と蛇が走る。
「痛いのもワクワクするんじゃなかったかしら? 」
「痛〜いぃ! 肩がぁ〜〜! 」アイは子供のように大声をあげた。
キリキリと帯が肉に食い込み、太股を締め付け、足首まで巻き付く。
自分の浴衣の帯で、後ろ手にきつく縛り上げられ、あられもない姿にくくられてゆく。
足りない長さは組み紐を使って補った。 堅く引き絞られた結びこぶが、肉にゴツゴツ食い込む。
キュ、キュ、と引き絞ってやると、身体の柔らかいアイは、「グェッ」と声を漏らし、みるみる丸まってゆく。
「フン! 」
息つく暇もなかった。 ミサトに二人きりになるや、あっという間に手込めにされていた。
アイを丸めると、ミサトは部屋の入り口に立ち、廊下に目を走らせてからドア閉め、鍵をかけた。
鍵のかかる音の後、静まりかえった部屋に、二人の息づかいだけがたちこめた。
ドアの方を向いて、背中を見せていたミサトは、振り返って愛想よく笑いかけた。
作り笑いに見えないところが、アイを震え上がらせた。
「まったくこまった子猫ちゃんだこと・・・」
ミサトは、絨毯に転がるアイを見下ろし、新しい組み紐を取り出した。
「お仕置きが恋しくなったのね〜」
「えっ!」アイの表情が凍り付いた。
フッフッフッ、と、ミサトは、冷たい笑みを浮かべた。
手にした組ひもを、シュルル、シュルル、と手でしごいては、その意味を強調した。
「オシオキ・・・」アイの中で期待と不安が膨らんだ。
「お望み通り、今からたっぷり可愛がってあげる・・・ 」その目には鳶色の瞳などなく、黒真珠のような瞳が妖しい光を放っていた。
「イヤ・・・ 」
アイの表情には、喜びと不安がない交ぜになった苦悶が浮かんだ。
その組み紐の使われ方がアイを不安にしているのだ。
だが、ミサトの瞳が淫らな期待を煽る。あの目に見つめられると妖しい気分にさせられた。
それでも、理性が拒絶を選択した。 くわえて過去の記憶が理性を後押しする。
「ご、ごめんなさい、すいません! もうしません、お願い、」
「何が、ごめんなさい、なのかしら?」
「お仕置きはいや〜」
「フッフッフ・・・ほんとかしら? 」
「た、だれかぁ〜! ここういちっ!ムグッ!」助けを求めるアイの叫びは、ミサトの暖かい手に遮られた。
「ほんとうは、こうされたかったんじゃないの?」
ミサトはエプロンのポケットから、錦織の生地であつらえた、匂い袋のようなものを取り出し、アイの口に押し込もうとした。
「ムグ〜!(イヤ〜!)」アイは、必死に顔を背けようとするが、無様に丸められた状態では、あごをつかまれれば終わりだ。
「ほら、口を開けなさい! 」
口を堅く結ぶが、鼻をつままれ、あごをゴリゴリとこじ開けられた。
「ウ〜〜〜〜!」くぐもった声でアイは嘆願した。
「フフフ,大好物でしょう? ほら、くわえなさい・・・」お手玉のようなものが、アイの口にごっそりと押し込まれた。
「おぇっ! 」ミサトは容赦なかった。 舌を押しのけるように口の中いっぱいに押し込まれた。
その中身はアイの欲しかった例の媚薬だった。
「アゥゥゥ・・・ 」
すぐに、中身は溶け出し、クチの中をエタノールのように拡がった。
(ウフ・・・・ゥゥ・・・)効果は速効で現れた。
「ほら・・・なにやってるの、ちゃんとくわえないと!」
カクンと口からはき出しそうになるのを、組み紐で猿ぐつわをかけてくくりつけた。
媚薬の血中濃度が、どんどん上がってゆく。
「アフ・・・」 アイは、すぐに恍惚状態になった。
アイの瞳から理性の光がかげり、膜がかかったように生気が抜けてしまった。。
「フフフ・・・ 」クックックッ、と耳障りなしのび笑いで、ミサトは肩を揺すりながら、無抵抗になったアイを見下ろし、髪の乱れを直していた。
「寛容な私の堪忍袋もここまで・・・」
(アフアフ・・・ )ドロドロと溶けだした媚薬は、口の中から全身に広がりつつあった。
自分の心臓の鼓動が聞こえた。
体内を流れる媚薬の音も感じられた。
目が熱い。 視界が白っぽく狭まってきた。
(ウワァ・・・・ )
アイの手脚から緊張が抜けた。 クンニャリと筋肉も弛緩してゆく。
そのままアイをソファに深く沈めた。
(フゥワア・・・ )ミサトに転がされただけで、全身が甘い陶酔に包まれた。
「こまった子猫ちゃん・・・ 」こうもり傘のよういスカートの裾を広げ、ミサトがしゃがんだ。
拡がった裾がアイの顔を覆った。
真っ暗だった。 同時に胸元にズシリと指がはい回る感触があった。
ミサトの十本の指が、浴衣をまくり、その下に指を潜らせ、躍る舌先の妖しい旋律を奏でると、アイは子猫のように甘えた声で鳴いた。
(ア〜ァァァ・・・ )
アイが、すんなりと導入に入ったのに満足し、立ち上がってスカートに手をくぐらせた。
「今日という今日は緒が切れちゃったわよ、ね?どうするの? 」
(ハァ・・・ハァ・・・)
ミサトはスカートの中に吊った巾着袋から、特性の組み紐を取り出した。
ツツツ、ツツツ、と何度もフェザータッチで指先がスリットをなぞる。
(アウフ・・・フゥ・・・)
「今日はお仕置き。 ヒイヒイ鳴くがいいわ」
執拗に指先でスリットをなぶられるとアイの鳴き声はすすり泣きに変わった。
アイが指先と感じたのは股間を蛇のようにはい回る組み紐だった。
ミサトの緊縛が下半身を自在に縛り上げてゆく。
ギュッギュッ、とひもが堅く結ばれてゆく。
「あやまっても駄目。 観念することね」
アイは胡座の形に縛られ、絨毯にごろんと転がされていた。
それは、手足のない昆虫、丸虫のように、窮屈な格好で丸くなっていた。